「マセマティック放浪記」 1998年11月18日
Mathematics Odyssey November 18, 1998
青房は緑、力士の足首は細い 

  先の場所の話であるが、大相撲の取り組みを国技館の土俵下、いわゆる「砂かぶり」で見物する機会を得た。しかも向正面と呼ばれ、NHKテレビに大きく映し出される席である。正式には維持員席と言い、本来は相撲協会や相撲部屋関係者しか立ち入れない場所なので、当然その席の切符は売られていない。たまたまツテがあってそんな上席に潜り込むことができた。
  お茶屋さんの案内で通されたのは行司だまりのまうしろあたりで、話に聞いていた通り土俵上や控え席の力士の顔や審判員の姿も手にとるようによく見えた。小さめの座布団1枚分のスペースしかなく、飲み食いも一切できないが、特等席なのは間違いない。
  正面席のほうを見上げると、なるほどテレビカメラがこちらのほうを狙っている。両手にVマークを出してはしゃげる歳でもないし、うっかりハナクソなんかをほじっているところをアップで全国中継されたりしたらたまったもんじゃないから、まずはおとなしく姿勢を正しての観戦とはなった。
  中入り直後に行われる幕内力士や横綱の土俵入りは、近くでじかに見ると、迫力もあり美しくもあった。土俵上にずらっと並ぶ力士たちの化粧回しは、デザイン、色彩、織り柄とも多種多様で郷土色に富んでおり、想像以上に素晴らしかった。向正面席のため、横綱の土俵入りはうしろ側から眺めることになりはしたものの、鍛えぬかれた筋肉を太い純白のまわしでグイと引き締めた勇姿には、ほれぼれとするばかりであった。三横綱のうちでは曙の土俵入りが最も迫力があった。もともと金剛力士像そっくりの顔と巨体の持ち主だから当然ではあるが、パカーン、パカーンと鋭く乾いた響きで場内にこだますその柏手の音は圧巻だった。
  相撲の取り組みも面白かったが、めったに座れない席に陣取ったせいか、妙なところばかりに目がいった。まず気になったのは、土俵の四隅を飾る青、赤、黒、白の四本の房の色だった。黒房はその通りの色だったが、赤房はいわゆるエンジ色、白房は純白ではなくすこしくすんだ光沢のある白だった。
  意外なのは青房で、実際は「青」ではなく鮮やかな「緑」なのである。「あお」という日本語はもともとブルーからグリーンまでの幅広い色調を表す言葉だから間違いではないのだが、一瞬戸惑いを覚えてしまった。もっとも「みどりぶさ」や「りょくぶさ」では語呂が悪いことこのうえない。
  土俵は意外なほどに小さく見えた。大型力士が2人も土俵上に上がると、もうそれだけで満杯な感じで、そんな状況のもとでよくあれだけの激しい動きができるものだと感心もした。粘土を固めて造った土俵は高さが大人の太もも付近まではあり、帰り際に手を触れてみるとその上面も側面も文字通りカチカチだった。並みの人間なら土俵上から転げ落ちただけで大けがすることだろう。
  控え力士はそれぞれに自分のしこ名の入った大きな座布団を付き人に運んでもらってそれに座る。取り組みが終わるとその座布団を運び出し、次の力士の座布団と入れ替える。館内の隅々までよく通ると言われる呼び出しの声は、すぐそばで耳を傾けると深く澄んではいるものの、むしろ細々とした感じに聞こえた。長年鍛えた独特の呼吸法によって腹の底から絞り出すように発せられるその声は、以前述べた寺垣式スピーカーのだす音や蝉の鳴き声などと同質のものなのだろう。
  物言いのつく一番があって、5人の審判員が土俵上で協議をはじめた。皆が白足袋に白い草履を重ねばきしている。面白いのは草履のほうで、大人が子どもの草履を爪先につっかけた感じで、足裏の半分ほどしかカバーされていない。問題の一番は結局行司差し違えとなったのだが、土俵を降りていくその行司の顔は相当にこわばっていた。差し違えはないほうがいいが、いっぽうで行司の権威とは何だろうという思いがしてこなくもなかった。どうせなら、土俵下の5人の審判員に紅白の旗を持たせ、柔道の試合のように勝負を判定させたらどうだろう。いささか滑稽で威厳がなくなることは避けられないが……。
  それぞれの懸賞のぼりが相当に凝った織り模様になっているのは意外だった。あらかじめ協会に登録したスポンサー企業しか懸賞のぼりを出せないシステムらしく、たとえ大金であっても、部外者がいきなり懸賞金を出すというわけにはいかないようだ。スポンサー企業は年間に何本懸賞を出さねばならない、といったような決まりなどもあるのだろうか。
  勝ち力士が懸賞金の入った祝儀袋を手にする様は、まるで小さなトランプのカードを1枚つまみあげたみたいな感じである。100万円くらい入った厚く大きな祝儀袋でないと並外れた力士の手にはマッチしないのかもしれない。
  力士の足首がその巨体に較べて驚くほどに細いのも印象に残った。曙や武蔵丸、琴の若といった巨漢力士でもその点は同じだった。一流の投手の手首が意外なまでに細いのと同じような理由からなのだろう。
  大番狂わせはなかったので座布団が飛ぶことはなかったが、もし枡席(ますせき)から土俵上まで座布団を飛ばすとすれば、その距離から考えて相当な技術がいる。だから、実際には土俵の四方を囲む数列ほどの維持員席あたりからも座布団が飛ぶのであろろうが、それも維持員の仕事の一つというわけなのだろうか。まあ、この日の私みたいに怪しげな維持員もいることだから、そんなことが起こったとしても、べつに不思議ではない。帰り際、お茶屋さんで大きな紙袋いっぱいのお土産を頂戴したが、それはインスタント維持員の私への一日分の報酬でもあったようだ。



前のコラムへ次のコラムへ | 総目次へ |

....................................................................................................................................................................................................................
(C) Honda Shigechika 2002. All rights reserved.