「マセマティック放浪記」 2003年4月2日
Mathematics Odyssey April 2, 2003
ある奇人の生涯 (12)
計算違いの脱走劇

 現代の我々日本人は天津と聞くとすぐに夜店などで売っている天津甘栗のことを想い出すのだが、実際には天津の街並みのどこを歩きまわっても甘栗を売っている光景に遭遇することなどまったくない。たぶん甘栗のもととなる中国産の栗が天津港経由で日本へと輸入されていたため、そんな商品名が人々の間に定着したのではなかろうか。いずれにしろ、その一事をもってしても天津が中国屈指の貿易港であることがわかろうというものである。
 七世紀の初め隋の煬帝が大運河を開通させると天津は物資輸送の中枢地となり、十世紀後半の北宋とそれにつづく金王朝の時代には軍事拠点となる大要塞が設けられた。そして十三世紀後半に元王朝が都を北京におくとその玄関口として天津はますます発展し、現在も古文化街にその面影を留める天后宮などが建立された。さらに十五世紀の明代には壮大な天津城が建設され、頻繁に外国船も寄港する一大貿易港へと発展を遂げた。
 しかしながら、近代に入ると天津は世界の列強国による攻勢の嵐にさらされるところとなった。アロー号事件を契機とする第二次アヘン戦争において英仏連合軍の侵攻をうけて清は敗退、その後に締結された北京条約に基づき天津は欧米各国に対して開港されるにいたった。そして天津の中心部を抜けて渤海湾に流れる白河の両岸には、イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシアなどの租界地、すなわち外国人居留地域が次々と設けられ、西洋風の建築物が建ち並ぶようになっていった。さらに、一八九四年に起こった日清戦争後には日本も同地に租界を建設するにいたった。
 盧溝橋事件を発端にして日中戦争が勃発すると、日本軍はこの天津を含めた華北一帯の広範な地域を占領するという強行策に打って出た。兵站(へいたん)を無視したこの戦略はやがて中国軍のゲリラ戦を主体とした反撃に遭い破綻をきたすことになっていくのだが、石田が氷川丸からの脱走を決意した昭和十三年(一九三八年)の時点では、一時的に日本軍が圧倒的に優勢を保っていたため、天津周辺の治安には表面上問題はなかった。
 女を買いに天津まで行ってくると告げて氷川丸をあとにした石田の心はさすがに痛んだ。翌日には氷川丸船内が大騒ぎとなるだろうことは目に見えていた。ぷっつりと消息を絶った自分の身を案じて、あの人のよいボースンや事務長らが捜索のために乗組員を指揮しながら右往左往する姿が脳裏にはありありと想い浮かんだ。突然の不測の事態に困惑し、出港日時の変更などを含めた問題の処理にどう対応しどう責任をとったものかと途方に暮れる船長の様子なども想像できた。新たな旅立ちを志して天津駅へと向かいながらも、そのいっぽうでは何食わぬ顔で船に戻ったほうがよいのではないかという思いにとらわれかけたりもした。
 だが、そんな弱気の虫に抗うように彼は脱走の決断にいたるまでの経緯をもう一度思い起し、こんなにも意志薄弱で優柔不断な有様なら先々の人生に展望はないと自らの心を煽り立てた。そして、この自分の不当行為は表面的にはお世話になった氷川丸の船員たちへの裏切りだが、日中戦争勃発にともなう船員の身分や行動の管理強化のありかたに根本的な責任はあるのだという、自己弁明とも責任転嫁ともつかぬにわか仕立ての理由づけをしてみたりした。そうでもしなければ、過去のしがらみを断ち切り新たな世界へと飛躍することなどおぼつかないという気がしたからでもあった。
 日中開戦による華北一帯の不穏な状況もその時の石田には幸いした。日本人の多い租界地をはじめとして天津市街やその近郊周辺は見かけ上平穏を保ってはいたが、日本人に対する中国人の潜在的な憎悪は日々増大していくばかりだった。だから、街のどこかで日本人の一人や二人が行方不明になったとしてもそうそう驚くべき状況ではなくなっていた。 
石田が天津の街に女を買いに出かけ、そのままプツリと消息を絶ったとしても、最終的には何らかの不運な事故に巻き込まれたものとして処理されてしまう可能性が大きかった。
 さんざんお世話になった氷川丸関係者には申し訳ないかぎりではあったが、そんなふうに事後処理が進めばベストなのだがとも内心彼は期待した。もしかしたら事務長が過日夕日を眺めながら自分と交わした会話を憶えていて、冗談のつもりで言ったあの言葉を文字通りに受取りそのまま実行に移したのだと気づくことはあるかもしれないが、状況が状況だから相手だって絶対にそうであるという確信まではもてないだろうとも考えた。
 天津駅に着くと、石田はそこからすぐに特急列車に乗り、夢にまで見た上海へと向かうつもりだった。いっきに上海入りすることによって、氷川丸脱走という事態の重さに揺らぐ心に踏ん切りをつけようと思ったからだった。だが、事は彼の計算通りには運んでくれなかった。その前途には「上海特急」どころか、「上海超々鈍行」による各駅停車の旅路が待ち受けていたからである。憧れの上海入りを果たすには、さらに遠い遠い道のりを歩かなければならなかった。
 その日天津駅に到着したのが夕刻のことで、上海行きの最終特急列車がすでに発車してしまっていたのがそもそも歯車に大きな狂いの生じた原因だった。めざず上海行きの特急列車に乗るには翌日まで待たなければならなかった。やむをえないので、石田は以前に一、二度会ったことのある若い中国人女性に連絡をとって街で会い、一夜をともにしようと考えた。中国語がわからない彼は、たとえ一夜のことではあっても片言ながら日本語のわかる彼女の助けを借りることができればと思ったからだった。下手に天津在住の日本人と接触し、脱走を企てている事実を知られたりしたら面倒なことになるという警戒心も働いていた。
 美人で気立てのよいその中国人女性は快くそして心底温かく彼を迎え入れてくれた。優しい彼女の笑顔と可憐で従順な立ち振舞いを目にして、それまで張りつめていた緊張の糸が一度に緩みほぐれる思いだった。石田は彼女と一緒に近くのお店で食事をとりながら、その場でのさりげない会話の中で、翌日には列車に乗って上海方面に行くつもりであることを伝えた。彼女はどこか淋しげな表情を浮かべはしたものの、それ以上彼のおかれている状況を問い詰めるようなことは何も言わなかった。ゆっくりと食事を終えたあと、二人は天津市街の場末にある宿屋へと向かっていった。
 その夜、石田はその可憐な女を何度も何度も激しく抱いた。甘いマスクで若い女性にずいぶんもてたとはいっても、かねがね異性に対してどこかクールなところのある彼にすればそれは意外なほどの激しさだった。たぶん、そうすることによって完全に退路を断とうという思いも心の奥にあったのだろう。やわらかく温かい女の身体を狂ったように抱きしめ、折々全身を貫く陶酔感に時を忘れて溺れひたりながらも、彼は折々かすかに覚醒する意識の片隅で、これでもう引き返すことはできなくなったと感じていた。
 女のほうもそんな石田に、時に切なく時に激しく応じてきた。優しい獣と化した男の命の鼓動を吸い込むように受け入れながら、全身全霊を傾け寸刻を惜しむようにしてそれに共鳴する彼女の妖艶な姿には、生命体というもののもつ神秘のすべてが集約されているといってもよいくらいだった。石田が果てると、女は彼の命の滴の最後の一滴までも吸い尽くそうとするかのように、自ら激しくそして妖しく挑みかかった。その甘美な攻勢に翻弄され抗すべきすべを失った彼は、女のなすがままに身を任せて歓喜とも慄きとも撼えともつかぬ不可思議な感覚に酔い痴れ、まるで失神でもするかのようにそのまま深い深い眠りに落ちた。
  
 翌朝石田が目覚めたとき、女の姿はもうどこにもなかった。現金や金目のものをすべて入れておいたスーツケースも一緒に消えていた。愕然としながらおのれの甘さを呪ってもみたがすべてはあとの祭りだった。自分を信頼してくれていた人々を欺いた直後に、うかつにも信頼した相手から見事なまでに欺かれる――自業自得だといってしまえばそれまでだったが、いささか自意識過剰気味なところのあった彼にすれば、頭上から懲らしめの鉄槌を振り下ろされた感じだった。男というものの愚かさと女というものの底知れぬしたたかさを思い知らされた気分でもあった。
 いささか自嘲気味ではあったけれどもその時の切迫した状況についての記憶をかみしめるようにしながら、石田はなおも事後談を語り続けた。事実は小説より奇なりとはいうが、その経験談はどこまでも興味深いものであった。
「その女をすっかり信用しちゃったために、見事にやられちゃったんですね。スーツケースごと持ち金のほとんどを盗られちゃって……。朝になって気づいたときには女はドロンしてたって寸法です。まさかあの優しくて従順可憐な女がって思ったんですが、あくまで現実は現実だったわけでして……」
「そりゃ困ったでしょ、のちのドラキュラ翁もまるで幼児なみのガキキュラじゃないですか?」
「そう言われても仕方ないですね、そのときは確かにオッパイ吸ってたわけですからね」
「ハハハハハハ……」
 相変わらずの妙意即答にこちらが笑い転げるのを横目にしながら、石田はさらに先へと話を進めた。
「そこでさんざん宿屋の主人と掛け合ってみたんですが、どうにも埒(らち)があきませんでした。そもそも言葉が通じないんで身振り手振りに頼るしかありませんでしたから」
「もしかしたら宿屋の主人もグルだったとか?」
「たぶんそうだったんでしょう。不当な日中戦争で中国人の間には反日感情が高まっていたわけですから騙されて当然だったんですが、若さのゆえもあってそのへんについてはまるで無警戒でしたね」
「それでどうしたんですか?」
「まるで言葉が通じないとあって……、もしかしたら通じないふりをしていただけなのかもしれませんが……、それはともかく、仕舞いには暴力沙汰にもなりかねない状況になってきましてね。だからといって、大騒ぎになっているだろう氷川丸にいまさら戻るわけにもいきませんでしたから」
「もし船に戻っていたら、吊るし上げにされたあげく、最後は海中に放り込まれていたかもしれませんね」
「それで、いったんは日本の領事館に駆け込んで善後策を相談しようかとも考えました」
「でもそれじゃ脱走したことがバレちゃいますよね」
「そうなんですよ。若者ゆえの無謀さに身を任せて飛び出してはみたものの、脱走者でしかも不法入国者でもあるわけですから、それが明らかになったら本国送還という最悪の事態にもなりかねませんでした」
「結局泣き寝入りってわけですか?」
「さすがに狸寝入りするほどの余裕はありませんでしたよ。だから、スーツケースは諦めることにしました。とても領事館なんかに相談には行けませんでした。当時はいっぱしの大人だと思っていたんですが、いま振り返ってみると、とにかく若くて世間知らずで、無防備そのものだったですね」
 懐かしそうにそう語る石田の静かな表情からは、六十年というその後の歳月の刻みもたらした人生の旅路の奥深さが読み取れた。 


                                絵・渡辺 淳



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