「マセマティック放浪記」 2002年9月4日
Mathematics Odyssey September 4, 2002
自詠旅歌愚考(十二)

はるかなる山路の果てに湖(うみ)ありて
        わが旅映す魔鏡のごとくに
               (上高地明神池にて)


  上高地の明神池周辺は夏や秋の観光シーズンになると来訪者でたいへんな賑わいをみせる。ひとりでも多くの人が上高地のようなところを訪ね、壮大な山岳風景に感動したり、透明に澄み輝く湖沼の美しさに魅了されたりするというのは。おおいに喜ぶべきことである。ただ、そんな観光シーズン真っ盛りのときに、明神池のほとりなどでのんびりと深い想いに耽ったりしていると、通行の邪魔になるとたちまち顰蹙(ひんしゅく)をかってしまうことにもなりかねない。
  上高地の存在を国内外に広く知らしめたのは英国人宣教師で登山家のウォルター・ウエストンである。日本アルプスという呼称の生みの親でもあったというウエストンの功績を称え、いまでも毎年六月上旬には上高地でウエストン祭が催されたりもしている。ウエストンが地元の猟師上條嘉門次の案内で初めて上高地に向かった頃は、いまのような釜トンネル経由のルートはまだ拓かれていなかった。もちろん、大正時代の焼岳噴火の際、溶岩流によって梓川が堰き止められてできた大正池もまだ存在してはいなかった。
  ウエストンらの一行は島々宿から島々川渓谷を遡行し、徳本(とくごう)峠を越えて明神池に近い梓川の河原へと下るルートをとった。登山道の整備された現在でも、上高地まで一泊二日の行程が標準という相当に長いアプローチルートである。明神池のすぐそばには上條嘉門次ゆかりの嘉門次小屋があり、シーズン中ともなると大変な繁盛ぶりではあるが、当時、一帯は文字通りの秘境であったという。
  上條嘉門次は明神池のかたわらに寝泊りのできる小屋を造り、狩猟の合間には明神池畔で独りのんびりと釣り糸を垂れ、たくさんのイワナを釣っては生計の足しにしていたらしい。明神池周辺には現在も大小のイワナが多数生息しており、もしも釣りが許されるなら入れ食い状態は間違いないところだが、残念なことに現在では年間を通じて禁猟となっている。そんな嘉門次の案内で初めて上高地に足跡を刻んだウエストンが、まずは美しい明神池のほとりに佇んでみたであろうことは想像に難くない。
  明神池の向こうには前穂高から連なる明神岳が静かな湖面を見下ろすように聳え立っている。この峻険な明神岳の黒々とした岩の山頂一帯は、よく見ると、なんとなく異様な人面か類人猿の顔を連想させる形をしている。ミヒャエル・エンデ原作の映画「ネバーエンディング・ストーリー」の中にロック・バイターというなんとなく愛嬌のある怪獣が登場するのだが、私はその怪獣の映像を眺めているうちに明神岳の光景を想い出した。エンデ夫人は日本人だと聞いているから、来日の折などにエンデ自身も一度か二度は上高地に行ったことがあるに違いない。そうだとすれば、あのキャラクターのイメージのもとになったのが明神岳だったということもまったく考えられないことではない。オーストラリアのエアーズロックが宮崎駿アニメ作品のキャラクター設定のヒントになったといわれているのと同様に……。
  周囲を深い林に囲まれ、透明に澄みわたった湖面に明神岳が影を落とすこの池は、シーズンオフの時節や、たとえそうでなくても、ひとけの途絶える黄昏時や深夜あるいは早朝などに訪れてみると、シーズン最盛時の喧騒ぶりなどとても信じられないほどに静かである。月の美しい夜などに独り湖畔に腰を据え、自らの心に向かって奏でかけるように、自省の楽器ハーモニカを吹いたりするにはもってこいの場所なのだ。

  昭和六十三年の晩秋のことだから、いまからもう十五年ほど前のことになるが、中房温泉を基点とするルートをとって燕岳に登り、大天井、槍ヶ岳、穂高を経て涸沢を下り、梓川沿いに上高地へと下山したことがあった。終始単独行だったこともあって、あちこち脇見をしながらのゆったりとしたペースでの下山となったから、明神池付近に着く頃には、時計の針はすでに午前零時をまわっていた。当初はそのまま河童橋まで歩いてしまうつもりでいたのだが、折りからの朧月とあたりに漂う異様な大気のきらめきとに誘い導かれるようにして、私の足は自然に明神池のほとりへと向かったのだった。
  真夜中の明神池の湖畔ではなんとも不思議な光景が繰り広げられていた。おぼろな月明かりの中で、きらきらと光る銀砂か石英の砂粒みたいなものが、さらさら、さらさらとあたり一帯の木の葉や笹の葉を鳴らしながら一面に降り注いでいたのである。その幻想的な光景をまえにして私はおもわず息を呑み、呆然としてしばしその場に立ち尽くした。
  さらさらと音をたてながら木の葉や笹の葉の上に降り注いでいるのは、まるで霧がそのまま凍ってできたような、小さな小さな無数の氷の粒であった。そのいっぽうで、眼前に広がる明神池の水面は、ひたすら淡い月光を吸い込み、ただ妖しく静まり返るばかりだった。また、池のむこうに黒々と聳え立つ明神岳は、その名の通りになんとも恐ろしげな山影をここぞとばかりに誇示していた。
  そんな深夜の明神池のほとりに独りぽつねんと佇むのは、煩悩の化身たる一匹の魔物を体内深くに棲まわせた愚かな我が身にほかならなかった。文字通りたまたまのことではあったが、明神池のほとりにやってくる直前に、入口にある明神々社の自動おみくじ販売機で戯れにおみくじを引いてきた。通常、おみくじの類を引いたりすることなどまずもってない私なのだが、昼間なら徴集されるはずの明神池見学料金のかわりにでもしてもらおうという殊勝なおもいなどもあって、柄にもなくおみくじを一本引いてみる気になったのだ。ところがなんと、そのおみくじに記されていたのは次のような一文だった。
  ――悪魔は美しい姿をして人の心に忍び込む。神の教えにひたすらすがり従って、心の奥に棲む悪魔を追い払い、清く生きなければならない――
  いまさらそんなことを言われても、体内に棲みついた魔物の気がいつしか全身に浸透し、私自身がすっかり悪魔化してしまっているのだから、もう手のほどこしようがない。すでに悪魔化したそんな人間の心に巣食う悪魔とはいったいどんな悪魔なんだい?――いささか奇妙ともおもえるそんな問答を胸中で繰り返しながら、私は静まり返る明神池の水面をあらためて眺めやった。
  池畔の白樺の枯葉や熊笹のうえでは、なおも銀砂がサラサラ、パラパラと乾いた音をたてて躍り跳ねていた。相当に気温は下がっているはずだったが、奇妙なことに寒さはまったく感じなかった。氷霧のヴェールを通り抜けて差し込んでくるむおぼろな月光のもとで妖しく輝く明神池を見つめているうちに、その湖面が、矛盾だらけの自らの生の旅路や、心底深くに潜む醜悪なおのれの本性を容赦なく映し出す一種の「魔鏡」であるようにもおもわれてきたのだった。どうやら明神様は、悪魔を気取ってすっかり開き直っている私に、とにかくもう一度だけは自分の醜い姿を確認しておけと、その魔鏡を差し向けてくださったもののようであった。
  だが、愚かな身はどこまでも愚かなもので、魔鏡に映る自らの無残な姿に、たぶんそんなものだろうという諦めとも嘆きともつかぬ感慨を懐きながらも、そのいっぽうでは、でもまあこれ以上は魔物化のしようもないようだから無理はしないでこのままでいくかと、いっそう開き直る有様でもあった。
  あれから十五年余を経たいま、深夜の明神池のほとりに再び佇んでみたりしたら、自分の姿はいったいどんな風に映って見えるのだろうと考えたりすることもある。白骨化した姿が明神池という魔鏡の中に浮かび上がる可能性はあるが、かつて隠れキリシタンたちが秘蔵した魔鏡のように神々
しい後光のさす聖像が浮かび上がることだけはどう間違ってもないことであろう。


                               絵・渡辺 淳



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