「マセマティック放浪記」 2002年2月27日
Mathematics Odyssey February 27, 2002
記念パーティ雑感

  先月中旬のこと、東京大手町の経団連ビル・ゴールデンルームで未来工学研究所の創立三十周年記念パーティが催された。未来工学研究所は、現在では文部科学省に統合された旧科学技術庁と関係の深い財団法人で、主として科学技術領域のプロジェクトを専門とする政府系シンクタンクのひとつである。宇宙開発事業団関連の仕事などをはじめとする公的プロジェクトにおいても優れた業績をあげている。
  もうずいぶんと昔のことになるけれど、未来工学研究所主催の会合に招かれ二十一世紀の情報社会の展望についての見解を求められたり、同研究所傘下の研究チームからIT関連技術の現状や将来の予測、さらには未来の教育におけるコンピュータ技術の役割などについて何度か諮問を受けたりしたことがあった。そんなわけで、いまではIT音痴を標榜さえしている私のところへも招待状が舞い込んできたのである。
  フリーランスに転じてからは、学界をはじめとするこの種の会合の場に顔を出すことはほとんどなくなってしまっているので、当然、出席しようかどうかと迷いはした。だが、たまたま近くまで出向く用事もあったし、当時私を招いてくれた主任研究員がいまでは同研究所の所長に就任していること、研究チームの一員だった女性がそのご主任研究員に昇格、現在でも賀状やメールのやりとりがあることなどもあったので、ともかく会場に足を運んでみようという気になった。
  科学技術の発展にはもはや何の役にも立たぬ私などが出席しても、参加者の目障りになるばかりである。だが、会場の片隅に陣取って黙々と御馳走にありついているぶんには迷惑もかかるまい。また、若い研究者や技術者などが出席していたら、彼らから最新技術などについて面白い話のひとつやふたつは聞くこともできるかもしれないし、世の中の動きだってすこしくらいはわかるだろう。率直に言えば、まあ、そんな思いがあっての参加ではあった。
  海外での研究者のパーティのようにジーンズ姿などで気軽に顔を出せればよいのだが、この国では私のような歳の人間がそんな格好で出掛けて行ったら、受付で即刻門前払いを食らいかねない。まして場所が経団連ビルとあっては、会場の受付に辿り着く前にビル入口のガードマンに厳しくチェックされてしまいそうである。よしんば会場に入ることができたとしても、出席の諸氏から白い眼でみられるのがおちだろう。もしかしたら、それはそれで話の種にはなるのかもしれないが、そこまでして世の趨勢に逆らう気にはさすがになれなかった。そこで、久々にネクタイを締め、スーツとコートを身にまとって会場へと出向くことにした。「馬子にも衣裳」、いや、「フリーライターにも衣裳」である。
  実際に会場に臨んでみると、文部科学省をはじめとする諸官庁の官僚たち、NTTドコモ社長以下の大企業や先端技術を有する特殊企業の幹部連、そしてT大やK大その他の有名大学教授たちなど、主催者側が内輪のパーティと断っているにしては錚々たるメンバーの集まりであった。正直なところ、いまや社会のゴミにも等しい私などは、まるで場違いのところへやってきたような気がしてならなかった。
  パーティ出席者はあらかじめ用意された所属機関や所属会社名入りのネームプレートを渡され、それを胸につけていたが、もちろんいまはどこにも所属していない私のプレートはただ名前が記してあるだけだった。他にもちらほら名前だけの人が見られたが、自信に満ちた感じの身振舞いや周囲の人々の気の遣いぶりから察すると、高級官僚OBか一線を引退した高名な元研究者の方々ではないかと思われた。
  言葉にこそはっきりとは出されていなかったものの、パーティが始まるまえから、会場や控え室のあちこちでは、「私こそがこの国のその分野を背負ってきたのです」とか「私などはこの業界の裏の裏まで知り尽くしています」とかいったふうにも聞こえる思わせぶりな会話が交わされていた。パーティが始まってからも、互いに顔見知りであるらしい多くの人々の間で繰り返し繰り返し互いの結束ぶりを確認し合うような挨拶の交換がなされていた。
  面識のある未来工学研究所のお二人は要人への対応やパーティの運営に多忙を極めていたようで、最後まで間近にその姿を見ることはできなかった。招待客は二百名前後のようだったが、この種の世界を離れて久しい私には知人は皆無だったので、はじめのうちは会場の片隅に立ってパーティの成り行きを独りじっと見つていた。所属の記されていない胸のネームプレートに時々周囲の視線が注がれるのを感じはしたが、そのような視線に対してはひたすら沈黙を守り通すしかなかった。自分が何者であるかを明かにしようにも、そもそも明かにすべきものを何ひとつ持ち合わせてもいないからだった。
  もっとも、こういう華やかな場所に独りでいるというのもそれなりに利点はあるものだ。たとえば、周囲の人々に気がねなく、用意された飲み物や料理を自分のペースで存分に賞味できることなどだ。また、社会の要人と目される人物の人柄や、それを取巻く人々の人間模様とそこに渦巻く諸々の思惑などを直に観察できたりもする。私のような物書きの端くれにとってそれは不可欠なことだから、大変にありがたい。
  せっかくの機会を逃すことはないと思いなおし、まずは和食から洋食さらには中華までの御馳走がふんだんに並ぶテーブルに足を運び、あれこれと手を伸ばしてその美味のほどを心ゆくまで楽しませてもらうことにした。そして、そのいっぽうで、さりげなく、しかし注意深く、これとおぼしき人物やその周辺の人々の一挙一動を見守り、漏れてくる会話にそっと耳を傾けた。

  むろん、それはそれでずいぶんと楽しくまた相応の収穫もあったのだが、私にはひとつだけどうしても気になってならないことがあった。日本の未来の一端を担う重要な科学技術系シンクタンクの記念パーティだというのに、将来を背負うべき二十代、三十代の若手の姿がまったくと言ってよいほど見当たらなかったのだ。出席する前は若い研究者や技術者から面白い話などを聞ければと思ってもいたのだが、その点についてはまるで期待はずれだった。また、諸分野における女性の社会進出が目覚しい時代なのに、肝心の女性の姿がわずか四、五名にすぎないというのもずいぶんと不自然に感じられた。
  自分のことを棚に上げてこんなことを述べるのもどうかとは思うのだが、参加者のほとんどは相当な高齢者で、過去において顕著な業績を上げた人々ではあるにしても、互いに我が国の未来像を語るにはもはやトウがたち過ぎていると言わざるをえなかった。もちろん、予算や会場のスペースの関係から招待者数を絞る必要があったのにくわえ、過去三十年間においてこのシンクタンクの発展に寄与したOBや外部関係者を年代順に呼ぶとなると、高齢者中心になることは避けられなかったのであろう。主催者の挨拶の中に「内輪のパーティ」だという一言がつけくわえられたのもそのような事情があったからに違いない。
  だが、たとえそうであっても、このような未来のプロジェクトに関わるパーティには、半分とまではいかなくても、せめて二割や三割くらいは次代を担う若い世代の活きのよい人材を交えてほしいものである。もちろん、女性の出席者数ももっともっと増やさなければならないだろう。我が国には、有能な若手研究者や技術者はむろん、科学技術研究の分野で優れた業績をあげている女性スペシャリストもすくなくない。若い世代の場合などは、とくに業績などなくても潜在的能力があればそれだけで十分だと思う。
  それでなくても、我が国においては、未来を背負う若い世代の人材が、学界の権威と呼ばれる研究者や、高級官僚、大企業の幹部といった人々と直接に対話したり、必要に応じて彼らに自己アピールをしたりすることのできる機会はきわめてすくない。専門分野が互いにすこしでも違ったりすると、その傾向はいっそう大きなものとなる。表面的にはともかく、実際には旧態然とした専門世界にあって男女間の壁や較差もなお大きい。
  今回のようなパーティの役割のひとつは、業績や地位、年齢、性別などを超えて様々な人々が一個の人間として自由に出逢い、率直な意見交換などを経て、創造と発展につながる新たな関係や交流を生むことにある。若い世代は優れた先人たちから学ぶところが大きいし、能力さえあれば相手のリードやアドバイスによって自分の道を開くチャンスにも恵まれる。逆に、既に功成り名成った人々や現在指導的立場にある人々は、若い世代の斬新な発想や活力に触れ、ともすると硬直化し形骸化しがちなおのれの思考を柔軟にし、それぞれの専門分野における自分の役割をより深めることができる。
  昨年、やはり未来工学研究所主催の記念講演会やフォーラムが催され、将来の展望についてなかなか面白い研究発表などもおこなわれたが、やはり参加者の平均年齢は相当に高かった。この時には若手や女性の参加者もかなりの数見られたが、それでも割合はずいぶんと低かった。招待を受けた私が参加を誘った二十代のスペシャリストが「なんだか場違いな所に来たみたいですね」と呟いたのが印象的だった。その時も記念講演終了後にパーティが催されたが、そのほうの出席者はやはり男性の高齢者がほとんどだった。
  海外のこの種の会合やパーティーでは、参加者の服装や身なりなどにもこれといった規制はなく、皆思いおもいの格好で出席するから、勢い会場は自由な雰囲気に包まれる。そんな雰囲気のなかで老若男女が気軽に出逢い、意見交換や情報交換を活発におこない、そこから新たな展開が生まれてくる。我が国でもそのような機運が生まれることが望ましいのだが、無意識のうちに右へ習えの自己規制の働く国民性のもとでは、誰かがリーダーシップをとって日常的にそのような状況が生まれるように働きかける必要があるのだろう。
  いささか皮相な言い方にはなるのだが、未来工学研究所が社会心理学的、さらには組織論的な研究成果を大幅に取り入れ、老若男女のスペシャリストたちが自由闊達に交流できる様々な場を設定することに成功したとき、同研究所の存在意義も飛躍的に高まり、この国の未来にも大きな展望が開けるのだろう。もしかしたら、先日のパーティに出席していた方々の多くも、内心ではもっと若い世代の人々や女性の参加が望ましいと思っておられたのではなかろうか。
  主催者側の事情はわからないでもなかったが、将来の日本の発展を睨み、優れた研究成果を上げている未来指向のシンクタンクのパーティであっただけに、先駆的な意味からしても、いますこし開放的な雰囲気がそなわっていてほしかったというのが率直な感想だった。もっとも、そんな内心の思いをここまで正直に述べさせてもらったとなると、今後の催し物などへの招待を期待するのは無理というものではあろう。



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