「マセマティック放浪記」 2002年2月6日
Mathematics Odyssey February 6, 2002
自詠旅歌愚考(二)

瞬間を永久へと変ゆる魔術もて
     時を羽ばたく若き二人よ
                (宮古浄土ヶ浜にて)


  宮古浄土ヶ浜は陸中海岸随一の景勝地である。駐車場から林の中を抜けて海辺に出、右手に海を見ながら小さな岬をまわると、斜めから差し込む陽射しをうけて白々と輝く岩々が見えてきた。海上に連なり並び立つ大小の岩々は、ひとつひとつが合掌して瞑黙する仏像か羅漢像のようである。そして、それらの奇岩群に囲まれるようにして小さな入江があり、その入江の奥に一面真白な玉石に覆われた美しい浜辺が広がっている。浄土ヶ浜という名称そのままのところで、ほかに呼称を考えろといわれてもそれ以外の呼び名は到底思い浮かびそうにもない。
  この一帯の海岸や沖のほうに並ぶ小島は、すべて純白に輝く石英粗面岩でできている。伝承によると、いまから三百年ほど前に宮古にいた霊鏡和尚という人がここを訪ね、「さながら浄土のようだ」と賛嘆したことから浄土ヶ浜と呼ばれるようになったらしい。西陽に美しく映える天然の岩仏の一群に心の中で手を合わせながら、石英粗面岩の白い玉石からなる浜辺に背中をゆだねて大の字になると、言葉には尽くし難い快感が全身を貫いた。
  しばらくして半ば身を起こし、後ろ手をつきながらなにげなく渚のほうに目をやると、男女二人の若者がさわさわと夕潮の寄せる波打ち際に身を寄せ合って腰をおろし、なにやら甘い語らいに耽っているところだった。真っ白な玉石の浜辺を背に、そして青く澄みわたった入江を前にして寄り添うふたつの影の周りには、他者には侵し難い「二人だけの孤独」の世界が広がっていた。いうなれば、透明で目には見えないが鉄のそれよりもはるかに丈夫なカーテンがしっかりと二人を取巻いている感じだった。
  なかなかお似合いの美男美女のカップルだなと思いながら、私はなんとも微笑ましい二人の姿をさりげなく眺めていた。その雰囲気から察すると、たぶん、二人とも東京方面からやってきた大学生なのだろう。透明なカーテンの外から眺める私の体内ではむろん別の時間が流れている。そんな私の目からすれば、透明なカーテンの内側で流れる彼らの至福な時間は「瞬間」にほかならないと思われたが、二人だけの孤独にひたる彼らのまわりでは「永久(とわ)」の時間が流れていることもまた確かであった。
  若い命というものは、瞬間を永遠の時間へと変える不思議な力をもっている。恋という魔術によって得た永遠の時間の流れにのって、遠く果てしなく飛翔する意志と勇気をもっている。そして、その壮大な命の飛翔から詩が生まれ、歌が生まれ、時代を革新する創造の数々が生まれてくる。翔べるうちにどこまでも翔んでほしい……私は目の前の若い二人の姿を見ながらそう祈らずにはおられなかった。
  心理的時間というものはなんとも奇妙なものである。おなじ長さのはずの時間が彼らにとっては永遠のものに、そして私にとっては瞬間のものに感じられる。この時間のギャップはアインシュタインの特殊相対性理論では説明できない。むしろベルグソン哲学の心的時間論によってのほうがうまく説明がつくだろう。
  かつてこの私も、二人だけの孤独にひたり、若さのかぎりを尽くしてできるかぎり遠くへと羽ばたこうと試みたことがあった。いまその飛翔の記録を振り返ってみると、当時は永遠に近い大記録を樹立したようにさえ感じたのだが、いまの時間の物差しからすると、実はなんとも短く平凡な記録であったことがよくわかる。でも、精一杯飛んだという事実とその飛跡だけはいまもはっきりと残っている。
  若き日の心理的時間の流れと、歳をとった現在の心理的時間の流れと、どちらを自分の人生にとってより本質的な時間の流れと考えるべきなのかについて、結論を出すことはけっして容易なことではない。ただ、いまになって言えるのは、瞬間を永遠と思ったあの懐かしい日々の飛翔はけっして無駄ではなかったということだけだ。どんなささやかな飛翔でもその人なりの記録となって、それはいつまでも心に残る。
  周囲に抵抗があり自らに迷いがあっても、翔ばないよりは翔んだほうがよいことだけは確かだろう。たとえ未熟のゆえにその行為が人々をはらはらさせたりしたとしても、二人だけの時間の中を飛翔すれば、それぞれの体内に言葉が生まれ、その掛け替えのない言葉だけは自らの精神の柱となって体内に生涯残り続けるからだ。
  ぴったりと寄り添っていた二人は、やがて立ち上がり、円く平らな白い小石を拾って水切りをやりはじめた。二人だけの孤独をしっかりと包み守っていた透明なカーテンが除かれ、彼らの時間とこちらの時間とがつながり、再びおなじテンポで流れはじめるのを見極めてから、私はおもむろに立ち上がり、水辺へと近づいた。
  昔とった杵柄というやつで、私は水切りが得意中の得意である。適当な小石を拾い、手首のスナップをきかせながら、凪いだ入江の水面に向かって低く鋭く投げ込むと、その小石は五、六回ピョンピョンと軽快に跳ねてから水中に没した。意外だと言いたげな表情で私のほうを見る二人に笑いかけながら、さらに四、五回大小の玉石を使って水切りの手本を示し、そのコツを教えてあげた。
  推察した通り、東京から来たという彼と彼女は、笑顔の美しいなんとも爽やかな若者たちだった。私は、この二人ができるかぎり遠くまで心的時間の流れの中を飛翔することを願ってやまない気持ちになった。
  青春時代に愛読した評論家亀井勝一郎の「愛の無常について」という著作の中には、「恋愛とは美しき誤解であり、誤解であって差支へありませぬ。そして結婚生活とは恋愛が美しき誤解であったことへの惨憺たる理解であります」という痛烈きわまりない一文が記されていたものだ。
  しかし、いまや、ひとつの恋愛がひとつの結婚につながって終わるような時代ではなくなった。それどころか、ひとつの恋愛が結婚を中継の場としてつぎの恋愛へとつながってさえゆく時代である。亀井勝一郎には申し訳ないが、彼の言葉の後半を、「そして結婚生活とは恋愛が次なる美しき誤解を夢見るの仮の宿りであり、恋愛はそこで休息し、さらなる美しき誤解へと向かうのです」と書き換えてもよいくらいの時代が到来したと言ってよい。
  なお水切りに興じる二人が今後どのような時間の旅路をたどるのかは知る由もなかったが、その前途に情熱のかぎりを尽くすに値するドラマの数多く存在することをひたすら祈るばかりであった。そして、そう願う心の片隅で、瞬間を永久へと変える魔術をもう一度おのれの体内に甦らせることはできないだろうかと思うのであった。


                                   絵・渡辺 淳


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