「マセマティック放浪記」 2001年11月14日
Mathematics Odyssey November 14, 2001
世襲議員の品性はどこに?

  育ちのよい人というものは、ともすると世間から苦労が足りないとか、現実を知らないとか言われがちなものだが、私自身は、ほんとうの意味での育ちのよさはけっして悪いことではないと思っている。要は、その人が育ちのよさを自分の人生にどう活かし、どう社会に関わっていくかの問題なのだと思う。若い頃に心労の絶えなかった私などは、それゆえに失ったものも断念したものも少なくない。経済的条件や生活環境に恵まれていたら遠回りせずにすんだかもしれないと思うことだってずいぶんとあった。
  もちろん、自らの意思に関わりなく厳しい生活を経験せざるを得なかったがゆえに、はじめて身につけることができたことも多々あったし、そのお蔭で曲がりなりにもいまこうして生きているのだとも言える。若い頃の生活環境が結局プラスとマイナスどちらにより作用したか問われれば、格好をつけて「プラス」と答えたくなるところだが、ほんとうのところはよく判らない。それに、いまだって綱渡り人生を送っていることに変わりはないから、近い将来、綱の上からまっさかさまに転落してしまうことだって考えられる。
  もしも、マイナス含みの運命の歯車がより大きくマイナスの方向に回転していたら、マイナス無限大の人生だってありえたわけだし、プラス含みの環境に育っていたなら、いまとは桁違いにダイナミックな人生が開けていたかもしれない。いずれにしろ、すべては結果論であって、いまさら「もしも」という仮定の話をしてみたところで仕方がない。
  ただ、育ちがよくなければ、より具体的な言い方をするなら、若い時代に一定の生活環境や経済的条件に恵まれていなければそこにいたることの難しい世界が存在することは事実である。たとえばクラシック音楽の世界などがそうであろう。それなりの経済的背景が必要なうえに幼児期からの特別なトレーニングが欠かせないそのジャンルで成功するには、育ちのよさというものが、十分条件ではないにしても必要条件ではあることは間違いない。むろん、育ちのよさをベースにクラシック音楽の世界へと進む人たちは、それが自分たちに託された社会的役割だとわきまえ、そこで格闘し、苦悩し、ある時は挫折もしながら、至上の音楽表現を目指して精進してもらえばよいわけだ。
  古来、刻苦勉励が美徳とされてきた日本では必ずしもそうではないのだが、ヨーロッパなどでは、学問の世界を志す者は一定の経済条件や教育環境に恵まれていて当然だと考えられているようだ。学問の世界で大成するには、生活のことなどいっさい気にぜず研究に没頭できるほどの経済的基盤の存在が当然の前提だというのである。欧米の場合、そういった考え方が伝統的に深く社会に定着しているがゆえに、経済的には恵まれていないが抜群の能力をもつ人材に供される奨学金の支給額などは、必要額を十分に満たすものになっているのだろう。かつての日本育英会などにみる中途半端な奨学金の支給ぶりなどとは、その点ずいぶんと違っているようだ。
  もう遠い学生時代のことであるが、たまたま縁のあったある在日欧人教授から養子縁組の話を持ち込まれ、「君が将来学問を続けたいなら絶対的に経済基盤の確立が必要だからこの話を受諾すべきだ。そうでなければ君に将来はない。学問の世界で生きぬくことはそれだけ厳しいものなのだ」と強く説得されたことがある。欧州などではそういったアドプション(養子縁組)はごく普通のことなのだともその教授は力説した。むろん、近親者のまったくいない私の身上を先方があらかじめ調べたうえでのことだった。
  山梨に夫と死別し、実子もいない老婦人の資産家があって、家の将来を託す大学生くらいの養子がほしいという話ではあったのだが、いろいろと思案した挙げ句、結局、私はその一件を断った。その勧めに応じておれば、貧乏研究者の常として日々の生活に追われることもなく、多少はましな成果を上げることはできたかもしれないが、そうは言っても、もともとの資質に限りのあった身ゆえ、やはり多くは望むべくもなかったに違いない。それどころか、いまごろはその資産を食いつぶしたり、資産管理を誤ったりして、それみたことかと物笑いの種になっていた可能性だってある。
  湯川秀樹、貝塚繁樹、小川環樹の湯川三兄弟は、将来学者として大成するための環境獲得を前提に養子に出され、その結果、それぞれが日本を代表する学者になったことは有名な話である。たぶん、この人たちは幼児期から並外れた潜在能力を示してもいたのだろう。またそうだからこそ、その異才の開花を願う両親や養父母らの関係者によって、一貫した環境造りがなされたのだろう。
  真の意味で育ちのよい人というものは、物欲や名誉欲といった世俗的欲望があまりなく、すぐれた文化的価値判断能力や、諸々の芸術などに対する本質的な享受力をそなえていることが少なくない。世間からは苦労知らずと思われがちだが、意外と逆境にも強く、困窮状態に順応する能力も高い。歴史上の各種社会革新運動や様々な社会福祉運動などにおいて主導的役割を演じたり、多大の貢献をしたりした人々に、良家の出身者が多いのは広く知られるところである。物心両面で恵まれて育った人ならではの優しさ、のびやかさ、執着心のなさ、見識の広さ、優れた感受性、先見の明などが大きく働くがゆえなのだろう。むろん、何事にも反例は存在するわけで、育ちがよいにもかかわらず、人格的に問題を抱えた人も少なからず見かけられはする。

  あえてなにやら思わせぶりなことを書いたのは、育ちのよいはずの二世、三世の世襲議員によってその多くを占められている昨今の政界に一言触れたかったからである。小泉首相、福田官房長官、田中外相、石原行政改革相、阿部副官房長官らをはじめとし、現内閣にはずいぶんと世襲議員が見うけられるし、与野党の有力国会議員にいたっては、その大半が二世、三世の世襲議員というのが、いまや実情のようである。親譲りの地盤というバックボーンをもたない人間が、己の力のみを頼りに国会議員に当選するのは、現在の選挙制度下では大変に難しい。たとえ著名なメディア人であったとしても、よほど条件が整わないかぎり苦戦はまぬがれえないことだろう。
  伝来の家業であれ何であれ、親の職業をそのまま受け継ぐということは、継承する側にもそれなりの抵抗や迷いが伴うのが普通であり、継承者の断絶にいたることも少なくないが、国会議員という職業はその点でも特異な存在のようである。よほど居心地のよい職業なのだろう。かつて戦後の日本政界に君臨、辣腕を揮って一世を風靡した吉田茂首相の場合、その唯一の嫡男吉田健一は、終生政界に距離をおき、優れた英文学者としてその生涯をまっとうしたが、このような事例はむしろ珍しいようである。その善し悪しはともかく、いまや国会というところは、庶民とは一味違う、「育ちのよい」はずの人々の活動する場になりつつあると言ってもよい。
  それはそれでよいのだが、困ったことに、このところの二世、三世の国会議員全体を一瞥するかぎり、その人となりに真の意味での育ちのよさや気品といったものをそなえた人物が驚くほどに少ないのだ。例外がまったくないとは言わないが、表向きの鄭重さとは裏腹の傲慢さ、アクの強さ、自信過剰さ、さらには冷笑的態度といったようなものだけがあまりにも目につきすぎる。「庶民なんて所詮アホな存在にすぎないのさ!」という言葉にならない言葉が彼らの胸中から聞こえてくるように感じるのは私だけではないだろう。おなじ二世、三世の世襲でも、人格者がすくなくない実業界の継承者たちと比べ、なぜこれほどに違うのだろう。
  政治の世界というものはもともとそういうものだから、たとえ育ちのよい世襲議員ではあっても、政界に関わる存在であるかぎり、そこに人間としての温かさや品性の高さを求めてみても無駄であるという見方があるのは、むろん百も承知である。政治家としての親の権謀術数ぶりを身近に見て育ち、若い頃に有力議員の秘書などを務めて政治の世界の何たるかを学べば、必然的にそうならざるをえないし、またそうでなければ政治家など務まらないという考えにも一理ある。国政を預かる者には、時にある種の非情さが必要であることも理解できる。
  だが、それにしてもなお、当今の世襲議員の理念なき言動や羞恥心のかけらもない自己保身ぶりは目に余るものがある。今回の小泉内閣の世襲議員にかぎって言えば、首相を筆頭にしてまだしもましなほうなのかもしれないが、国会全体における世襲議員の姿となるとどうにもいただけたものではない。いつの時代も政治に非情さや怜悧さはつきものだとはいっても、その言動が誰の目にも醜悪に映るとなると話はまたべつである。辛酸の極みを経、善くも悪しくも自らの力で議員になった者ならともかく、そうではない二世、三世議員のこととなるとやはり問題だと言わざるをえない。
  常に地元への利益誘導のみを議員に求め、国家全体のことを考えようとしない選挙民にも責任の一端はあるのだろう。地元への利益誘導に対する選挙民の過度の期待と欲求が、せっかくの育ちのよさとそのゆえの気品とを世襲議員から次々に奪い取り、人間として成熟し、真の政治家として大成することを阻害しているのは間違いない。
  いっぽうの二世、三世の議員は議員で、支持母体となっている地元選挙民や支援団体から何をやっても無批判で祭り上げられるのをよいことに、いつしかおのれの未熟さを忘れて精進を怠り、ついには、「国会議員として現在の地位を得たのは自らの実力のゆえにほかならない」と錯覚するにいたるのであろう。こうなるともう、政治的駆け引きのみが身上のいわゆる「政治屋顔」になってしまい、よい意味での育ちのよさなどどこかへ吹き飛んでしまうのだ。
  おのれの保身など考えず、無心かつ無欲で果敢に政治の難局に挑み、党利党略を超えて真の国政に貢献することこそが、育ちのよい二世、三世議員に本来望まれることなのだが、そういう姿の世襲議員がほとんど見られなくなってきたことはなんとも悲しいかぎりである。
  前回の国政選挙で国民の多くが小泉首相を支持したのは、その真贋はともかく、首相の姿や人となりに近年珍しい育ちのよさと、党利党略や自己保身といった世俗的しがらみに捉われぬ品性を感じたからだろう。首相の選挙地盤が横須賀一帯という文化的歴史的にも常に時代の先端にあった地域であることも幾分関係あるのかもしれない。いずれにしろ、その真贋のほどが試される日は遠くない。むろん、個人的には首相の育ちのよさとその品格が本物であることを願ってやまない次第である。



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