「マセマティック放浪記」 2001年9月19日
Mathematics Odyssey September 19, 2001
北旅心景・ワッカ原生花園

  サロマの湖東南端、常呂町栄浦漁港の付近からは、サロマ湖とオホーツク海とを隔てる幅200〜700mの細長い砂洲が、全長20kmほどにわたってのびだしている。そして、その先端部は、北西端の湧別側からのびだす全長10kmほどの砂洲の先端と向かい合う格好で、サロマ湖とオホーツク海とをつなぐ狭い水道を形成している。ホタテの養殖で名高いことからもわかるように、国内第三位の面積をもつこのサロマ湖は、外洋から海水の出入りする塩湖である。
  前夜、三里が浜のある湧別側砂洲の突端近くで車中泊した私は、この日の朝、サロマ湖岸をほぼ四分の三周するかたちで車を走らせ、栄浦へとやってきた。常呂町側からのびだす砂洲上にはワッカ原生花園と呼ばれる海岸草原が発達している。時節もそして天候も絶好なので、その原生花園を訪ねてみようというわけだった。
  北海道の有名な湿原や原生花薗は、山岳部や礼文、利尻といった島部のものをふくめ、そのほとんどを訪ねたことがあるのだが、近くを何度も通っているにもかかわらず、このワッカ原生花園にだけはまだ一度も足を踏み入れたことがなかった。だから、そのぶん期待も少なくなかった。ワッカ原生花園の入口にはヴィジターセンターがあって、車が入れるのはそこの駐車場までだった。原生花園内をめぐるには、徒歩に頼るか、さもなければ貸自転車か観光馬車を利用するしかないようだった。
  ヴィジターセンターに掲示してある解説によると、「原生花園」という呼称は便宜上用いられているだけなのだそうで、学術的には「海岸草原」と呼ぶのが正しいのだという。他の植物が成育できないような厳しい環境下にある北国の臨海地域では、その悪条件に耐えられる特別な種類の植物だけしか育たない。そのような植物によって形成されるのが海岸草原、すなわち原生花園というわけで、その意味では、そこに生え咲く花々はもともと逆境に強いのだ。「こんな北国の浜辺で、よくもまあこれほど可憐な花々が……」などと感動するのは、どうやら人間様の勝手な思い込みであるらしい。
  ヴィジターセンターでレンタサイクルを貸りた私は、涼やかな海風の吹きぬけるなかを軽快にペダルを踏んで走り出した。サロマ湖はオホーツク海そのものかと勘違いしそうなほどに広いのだが、その砂洲上に広がるワッカ原生花園のスケールもまた想像以上に広大だった。ヴィジターセンターを出発してまもなく、オレンジがかった色のエゾスカシユリが一面に咲き匂う草原に出た。風に揺れる無数のエゾスカシユリのため、広い草原全体がユリ色に染まって見えるほどだった。
  どこかユーモラスな感じの観光馬車が、のびやかに広がる前方の草原をトコトコと走っていく。ペダルをいっぱいに踏み込んでその馬車を追い越すと、ほどなく長大な砂洲にそって直線状にのびる竜宮街道にぶつかった。竜宮街道とは、そのT字路から左右それぞれの方向に約五キロほどにわたって設けられた散策路のことである。私はそこで左折し、左手にサロマ湖を見ながら走るコースを選ぶことにした。どちらに行けば竜宮城に行き着くのか定かではなかったが、乗っているのも亀の背中ならぬレンタサイクルときていたから、乙姫様に逢える見込みはもともと皆無ではあった。
  だが、その名に恥じず、竜宮街道の両側に広がる天然の花畑の景観は素晴らしいものだった。ひときわ目立つエゾスカシユリの大群落はもちろん、真紅のハマナス、白いシシウド、エゾカンゾウとも呼ばれる黄色いエゾゼンテイカ、そして紫のヒオウギアヤメと、見渡すかぎり花また花の世界だった。よく見ると、白い小花をつけたオオフスマ、黄色い小花の集合花のセンダイハギ、さらには、どちらも赤紫の花弁をつけたヒロハクサフジやハマエンドウといった花々なども、あちこちでその存在をしきりに訴えかけていた。
  しかも、この原生花園が見事なのは、そんな花畑が行けども行けども果てることなく連なっていることだった。T字路で左折してから竜宮街道の西北端までの約五キロにわたって、美を競う花々の宴は尽きることなく続いていた。そして、それらの花々の咲き誇る光景をいっそう引き立てているのは、陽光のもとで青く静かに輝くサロマ湖の水面だった。
  散策路の終点は漁業保安林にもなっているワッカの森の入口付近で、花々の咲き乱れる海岸草原はその少し手前で終わり、そこから先は樹々の密生する深い森になっていた。砂洲そのものの先端まではその地点からまだ十キロほどもあったが、たとえ徒歩であっても特別な許可がないかぎりその先に続く樹林帯にはいることはできないようだった。
  竜宮街道の終点にあたる広場の一角には「花の聖水ワッカの水」と銘打たれる清水が湧いているところがあった。「ワッカ・オ・イ」というアイヌ語は「水のあるところ」という意味を表わしているのだそうで、ワッカ原生花園という名称もどうやらその言葉にちなんでつけられたもののようだった。サロマ湖とオホーツク海とを隔てる細長い砂洲のなかほどに真水が湧いているなんて意外な気がしないでもないが、たしか丹後の天橋立にも真水の湧く井戸があったようだし、函館をはじめトンボロ(陸繋島)地形の砂洲上に発達した集落は少なくないことだから、地質学的にはそう珍しいことではないのかもしれない。
  湧き出ている水を備え付けの柄杓に汲んで飲んでみたが、なかなかにうまい水だった。その水場からほどないところには昔ながらの手押しポンプが一台据えつけられていた。私が子供だった頃にはどこにでもあった手押しポンプだが、最近では田舎に出かけても滅多に見かけることはなくなった。懐かしい思いにかられならがそのポンプに近づき、呼び水を少し加えて柄の端を握り、数回力強く押してやると、ボコボコと音をたてて澄んだ真水が勢いよく流れ出した。   
 竜宮街道を引き返す前に、藪道を抜けてサロマ湖の水辺に降り立ってみた。草木や樹木に覆われた砂洲と水面を区切るようにして、黒っぽい砂地の渚が延々と続いている。この渚伝いに歩いて行けば砂洲の先端部まで到達できそうではあったが、まだ片道十キロもあるとあっては断念せざるを得なかった。
  竜宮街道のオホーツク海側はどこも緩やかなのぼり斜面になっているため、自転車で走りながら直接にオホーツクの海面を望むことはできなかった。そこで、帰る途中で自転車を道端に置き、ちょっとだけ小路を歩いてオホーツクの浜辺に降りた。そして、サロマ湖側と同様の黒味を帯びた砂地を踏んで波打ち際に歩みより、童心に返って水切りをしたりしながら、しばしのあいだ寄せる潮と戯れた。
  渚から自転車のあるところへと戻るとき、砂地に生える一茎の小さな植物に偶然爪先が触れた。すると、驚いたことに、その植物全体が、まるで根がないみたいな感じで砂上をスーッと横に動いたではないか。呆気にとられた私は、もう一度軽く靴先でその植物を蹴ってみた。すると、それはまた少しばかり横方向に移動した。
  すぐさまその植物のそばにしゃがみ込んでその様子をつぶさに観察してみると、意外なことがわかってきた。それは濃緑色多肉質の丸長な葉を放射状につけた奇妙なかたちの植物だった。五センチほどの長さのその葉の一端を指先でつまみ軽く前後左右に引っ張ってみると、その植物はいとも簡単に力の働く方へと移動した。まるで全体が砂に浮いているみたいである。砂を掘り起こして根っこと思われる部分を調べてみると、なんと、茎とも根ともつかない細い水糸のようなものが砂中深くに向かってのびているではないか。砂をどんどん掘り返していくと、深さ二、三十センチのところでその水糸状の地下茎らしいものは三、四本に分かれ、それぞれがまたより深い砂中へとのびていた。砂に湿り気の出てくるそのあたりから先の部分がほんとうの根っこなのであろう。
  なんという名の植物かはわからなかったが、本体部はまるで糸に繋がれたタコみたいに砂上に浮かんでいるわけだから、砂中深くからのびるその細い地下茎が切れないかぎりは砂上を一定範囲動くことも可能だし、なにかの拍子で砂に埋まったり強風のために傾いたりしても平気というわけである。たまたま目にした自然の妙に私は唯々感嘆するばかりであった。
  再び自転車に跨ると、こんどは竜宮街道のもう一端を目指して走り出した。ヴィジターセンター方面への分岐点を通り過ぎ、そこからさらに五キロほどペダルを踏み続けたが、散策路の両側に広がる草原は、こちらのほうもまた無数の花々で美しく彩り埋め尽くされていた。自転車による往復二十キロもの原生花園の散策は、一汗かきはしたものの、実に素晴らしいものではあった。
  ワッカ原生花園をあとにしてほどなく、食事をするため「ところ」という国道沿いのレストランに飛び込んだ。そして、そこのお薦めのメニューであるらしいホタテ尽くし定食を注文した。ホタテ汁、塩味の焼きホタテ、ホタテの煮物、ホタテの刺身、ホタテのヒモの和え物、ホタテサラダ、ホタテその他の魚貝類の揚げ物、ホタテのすり身にマッシュポテトと、なるほどその名に違わぬホタテ尽くしで、味といい量といい十分に満足のいくものだった。



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