「マセマティック放浪記」 2001年4月18日
Mathematics Odyssey April 18, 2001
散る桜に誘われて

  今年の桜もすでに盛りを過ぎた。桜並木を散策する私の頭上からは、名残の桜の花びらがはらはらと舞い落ちてくる。吹きぬける風が穏やかなこともあって、桜吹雪というには少々ものたりない気がしないでもない。だが、それでも歩道は一面花びらに覆われ、いましも枝をはなれたばかりの花びらが、地上に落ちるまでの一瞬を惜しむかのようにくるくると宙に舞っている。
  いったいあと何回春の桜を眺めることができるのだろう?……ふとそんなことを考えた。運がよければまだ三、四十回は眺めることができるかもしれない。しかし、今年のこの桜が見納めになったとしてもそれはそれでおかしくない。たまにだが、同年輩の友人や知人が鬼籍に入ったという報せなども届いたりするようになった。この身だって明日のことはわからない。わからないから、こうして今日一日をささやかな感慨に耽りながら生きてもいける。
 
  散る桜のこる桜も散る桜  良寛

  満開を過ぎたとはいえ、枝々にはまだたくさんの花が残っている。そんな桜をひとり静かに仰ぎみるうちに、思わず私は良寛の有名な一句を口ずさんでいた。名歌で知られる良寛だが、実は秀句も少なくない。一期一会の想いを日々強くしている昨今の私にすれば、それはなんとも胸打たれる一句である。あまりにも自然に命のかぎりを吟じきったその句の見事さに感じ入るうちに、桜の花びらの一枚いちまいが、いとおしいまでに美しく見えてきた。
  桜の花の散りぎわの潔さにそっと想いをめぐらせているうちに、突然、私はいまひとつ心に強く響く良寛の句を想い出だした。良寛の最期を看取った貞心尼の歌に応じたものだと伝えられる句で、事実上の辞世の句だとも言われている。おなじ命あるものの散りぎわを吟じたものには違いないが、こちらのほうは春の桜ではなく秋の紅葉が題材になっている。

  うらを見せおもてを見せて散るもみぢ  良寛

  良寛には、村の童たちを相手に手毬をつきながらのんびりと日々を過ごしたという、浮世離れしたイメージがつきまとっている。だが、実際の良寛は、生身の人間として苦悩につぐ苦悩の生を歩み、赤貧に甘んじつつも時の権力に抗い、己の無力さを嘆きながらも人々の救済に心のかぎりを尽した稀代の大人物であった。生き地獄にも似た現世の裏も表もみな味わい尽し、さらには愛の相克に苦悩した日もあったとも伝え聞く人間良寛のことである。その生涯をひとひら紅葉に托した末期の一句が人の心を深く打たないわけはない。
  春の桜の散りゆくさまに感じ入るうちに、いつしか秋の紅葉の舞い落ちるさまに想い及ぶという、はなはだ妙な成り行きにはなってしまったが、それもひとえに、桜の魔力と良寛の魅力のなせるところだったのだろう。
 
  しばらく桜を見ながら歩いたあと、小さな公園のベンチに腰掛け、吹き出したばかりの若々しい欅の新芽を遠目に眺めていた。すると、小学二、三年生くらいかと思われる男の子の三人連れがやってきて、近くの砂場で遊びはじめた。彼らの会話や身振るまいから察すると、公園近くの学童保育所に通っている子どもたちらしかった。瑞々しい新芽そのままの子どもたちだなと思いながら、その微笑ましい姿を見守っていると、突然、仰天するような会話が耳に飛び込んできた。その会話の深刻な背景とはあまりにも対照的な可笑しさに、私は一瞬ズッコケてしまいそうになった。

A:あのさぁ、おまえんとこの父ちゃん何人目?
B:何人目って?……えーっと、ずっとおんなじ人なんだけど……。
A:ふーん、おれんち三人目なんだけど、こんどの父ちゃん、やさしいどぉ……。
C:おれんちはさぁ、このまえまでオジサンだった人がいまは父ちゃんなんだ!
B:どうすれば新しい父ちゃんもらえるわけ?
A:家に帰って母ちゃんにきいてみれば?
B:おれんちの母ちゃん、わかるかなあ?……新しい父ちゃんのつくりかた……。
C:オジサンもまだいないの?
B:うん、ずーっとおんなじ父ちゃんが家にいるだけだから……。

  一筋縄ではいかなくなった複雑な現代の社会状況や家庭状況を端的に物語る子どもたちの会話だった。たぶん、こういった光景はいまでは珍しいものではないのだろう。この子たちはこの子たちなりに日々小さな胸を痛めながら、自らに降りかかってくる運命に健気に立ち向かっているわけだ。やがてこの子たちが支えることになる二十一世紀社会はどのように展開していくのだろうか。私自身はこの子どもたちの現在を肯定し、その未来の可能性をひたすら信じたい。私のさりげない視線を知ってか知らずか、そんな会話を交わしながら遊び興じる六つの瞳は、春の陽射の中で生き生きと輝いていた。
  やがて成長を遂げたこの子どもたちは、家族や社会規範についての既成の価値観を改め、新たな価値観を創り出し、それらを基にいまとは異なる未来社会を築き上げていくことだろう。そんな時代が到来したら、私たち古い年代層の者たちはカビの生えた自らの価値観を捨て、新しい時代のありかたに柔軟に適応していくしかない。それがどんなに難しくても、つまるところ、そうするのが最善の道だと思うからだ。
  経験の豊かさのゆえに、高齢者が若い世代から敬愛され、大切にされるのは結構なことである。だが、それをよいことに、身のほどもわきまえず政治の場などにしゃしゃり出たりしたらろくなことはない。古い理念や時代遅れの価値観を持ち込んで、若い世代の自由な活動を抑え込むなどもってのほかだ。日本の伝統を守るべきだというスローガンのもと大和心を振り回す老醜の塊のような人々は、国花と仰ぐ桜の花の見事な散りぎわをもっとみならったほうがよい。
  徒然草の七段、「あだし野の露」の終わりのほうで、吉田兼好は身をわきまえぬ老人の弊害を厳しい口調で糾弾している。「身の引きぎわを誤った人間は、年老いた醜い容貌や容姿を恥じる気持ちもなくなり、人前にでしゃばることばかり考えるようになる。西空に大きく傾いた夕陽のような身でありながら、自分の子や孫のことだけを心配し、子孫の繁栄を見届けたいと余生に執着するようになる。また、ひたすら名誉や自己利益を追求する心ばかりが強まり、もののあはれの精神さえもわからぬようになってしまう。そんな姿は見るにたえないかぎりである」というのがその主張だ。
  短いが、古典の素養などまるでない私のような人間がちょっと拾い読みしてみただけでも深く考えさせられてしまうような言葉である。まずは自分に向けられた先人の戒めとして、しっかり心に留めおかなければならないだろう。
  それにしても、公園で遊んでいたあの男の子たちの一人は、家に帰ったあとどうしたのだろう。お母さんに向かって「どうしたら新しい父ちゃんつくれの?」と真顔で尋ねたのだろうか。また、もしもその子が実際にそう尋ねたとすれば、お母さんのほうはいったい何と答えたのだろうか。名残の桜に誘われ、思いがけなくもあれこれととりとめもない連想をめぐらす一日ではあった。



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