「マセマティック放浪記」 2001年1月24日
Mathematics Odyssey January 24, 2001
IT旧人類交遊記

  一昔前のnifty-serveに、同好者たちがチャンネル・セブンと名づけたチャットの名物コーナーがあった。もちろん誰でも気軽に参加できるコーナーだったのだが、遊び心溢れる大阪の古参メンバーらの発案によって、ある時からそこでの会話は大阪弁か英語に限られるという珍妙なルールが設けられることになった。その結果、チャンネルセブンのチャットコーナーでは、大阪弁と英語の怪しげな会話が飛び交い、それらが複雑に絡み合うという世にも珍妙な事態が繰り広げられるところとなった。
  大阪弁もどきの変な言い回しを用いたりすると「ソラ、アカヘンワ」とばかりに標準的な大阪弁(そんなものがあるのかどうかさえ疑わしいのだが)を使うよう指導が出されたりもしていたため、私などはそこでずいぶんと大阪弁のトレーニングを積むことができたものである。大阪弁をはじめとする関西系の言葉は短くて歯切れがよく、表現力も豊かだから、独特のテンポとリズムのよさを要求されるチャットにはとても適していたように思う。相当に辛辣なことを言っても後味の悪さが残らないのもその利点の一つであった。
  英語のほうもなかなかの達人揃いで、そこで繰り広げられる英会話などはちょっとしたものでもあった。時にはドイツ語やフランス語の使い手が割り込んできたりもして、チャットの場がパニック状態になったりもした。その頃のアメリカの大手通信ネット、Compu-serve経由で欧米人がチャットに加わってくることもしばしばあったように記憶している。いずれにしろ、大阪弁と英語と、そしてたまにはドイツ語やフランス語がモニターに入り乱れて表示され、しかも結構入り組んだ話が展開するのだから、なかなかに見物ではあった。うっかりして標準語などを使うおうものなら、「ソレ、ナンヤネン、ワテ、ソンナコトバ、ワカラヘンワ!」と冷たくあしらわれたものである。
  当時このコーナーに集まるメンバーはとくにユニークな人物が多く、ユーモアとウィットとアイロニイに富んだ彼らの会話の切れ味は絶妙このうえなかった。たぶん常連メンバーだけでも二、三十名はいたと思う。チャットの場では自分の本当の姿を適当にカモフラージュし、素知らぬ顔で皆それぞれにふざけまくっていたが、ほとんどの者は大学の研究者をはじめとする何らかの専門領域のスペシャリストでもあった。AJのハンドルネームで登場し、それからほどなくアサヒネットの創設に携わった当時の朝日ジャーナルのデスクで、のちに論説委員かなにかに転じた某氏などもその一員だった。
  短くてしかも鋭い切れ味の言葉こそがチャットの生命だという点は今も昔も変わりがない。だからチャットにしばらくはまっていると、その世界独特の言語感覚や表現法が身についてくる。そうなってくるとへんに自信もついてきて、気の合う仲間や、これはという魅力的な相手を向こうに差しで言葉のバトルを繰り広げることになっていく。私の場合、深夜出没する時間帯がたまたま同じだっということもあって、当時、「仙人」というハンドルネームで登場していた大阪府池田市在住の闊達なことこのうえない人物や、「丁」というハンドルネームでチャット界に旋風を巻き起こしていた東大阪在住の人物らと、いつ果てるともしれない言葉合戦を展開したものである。あとでわかったことなのだが、仙人さんはドイツの留学経験も長い犯罪学の専門家で、関西の某大学の教授だった。また、いっぽうの丁さんのほうは大阪の有名な大病院勤務の薬学者で、薬学フォーラムの責任者でもあった。
  ネットマニアたちは当時から文字や記号を組み合わせてつくったキャラグラ(chracter-graphics、一種の絵文字)を通信文に適当に交えて使っていた。通常のチャットで飽き足らなくなると、我々もまた多数のキャラグラや判じ文字などを創出し、それだけを用いてどのくらいの会話ができるか実験したりもしたものだ。いま、若者たちがiモードの携帯電話などを用い、様々な絵文字や判じ文字によるユニークなコミュニケーションに熱中しはじめているが、よい歳をした我々も当時のチャットを通してその先駆的試行みたいなことをやっていたわけである。通常のチャットのときなども、私は自らstrangerマーク(strangerはアルベール・カミユの「異邦人」にひっかけた私のハンドルネーム)と名づけた、 (@L@)というロゴマークを用いていた。
  当時の通信能力の範囲内でのことだから、キャラグラといっても、(^L^)、(*|~)(>-<)、(*-*)、(^H^)、などといったような初歩的なものを五十個ほどつくってそれぞれに意味をもたせ、それらを並べて交信を楽しんでいた程度だったが、それでも知的遊びとしては結構刺激的で面白かった。判じ文字にいたっては、
     「毛凸毛→毛凹毛=〇∪×?」    
といったような「ナンカイナ?」と首を傾げたくなるような難解な(?)シロモノまでが登場、それらのなかのいくつかのものは、あっというまに通信仲間のチャット用語として広まっていった。限られた通信空間のなかのこととはいえ、新語の誕生にかかわり、しかもそれらが急速に流行していく様子を自室に居ながら眺めることができるわけだから、ある意味でこれほどに面白いことはなかったともいえる。そんなわけだから、いまの若者たちがiモード通信に夢中になる気持ちは十分に理解できる。
  既に述べたように、初期のパソコン通信(現在のインターネットの場合も基本的に変わりはないが)では、チャットやフォーラム、掲示板などのコーナーについては匿名参加が原則となっていたから、様々なジャンルの人々が実名やその実像を公開しないままアクセスし、未知の人々と出逢い、そして交流を深めることが可能であった。そのため、普通ならまず知り合う機会もないような人々と回り逢い、それを契機に直接会って以後親交を結ぶということも少なくなかった。文は人なりというが、たとえ文字だけのやりとりではあっても、相手がとくに別人格を演じでもしていないかぎりは、普通その人柄はそれなりに見えてくる。少なくとも私の場合、自分が予想した相手の人柄と実際に会って感じるその人となりとに大きなギャップがあることはほとんどなかった。
  パソコン通信を介して出逢い、交際を深めてめでたく結婚した事例も当時既に相当の数にのぼった。実際に私が知るかぎりでもその頃に十組以上のカップルが誕生している。ネットでの出逢いを相互の専門研究やビジネスに活かし、異業種交流などと称して、新たな仕事の展開へとつなげる者もずいぶんとあった。私自身もネットで出逢った若い人々のために仕事上の便宜をはかったり、なにかとアドバイスをしてあげたりしたことも少なくない。
  ただ、ネットを通しての出逢いというものがすべてよい結果につながるとはかぎらない。
  文字表現による交信だけに、他意はなかったにもかかわらずちょっとした言葉の行き違いがもとで大きな誤解を被ったり、相手を傷つけようとする意図などけっしてなかったにもかかわらず、結果的には少なからぬ心理的ダメージを与えてしまうというようなことも起こった。軽いジョークや風刺のつもりが、ある人には断じて許し難いもののようにうつり、怒りを買ってしまうようなこともしばしばで、文字だけによる通信の難しさが当時から通信マニアの間では大きな問題になってもいたものだ。座を取り持とうと多少極端な発言や書き込みをしたりすると、たまたまその部分だけを目にし、それに強い不快感を覚えた相手は、そこに現れている人となりが発信者の人格のすべてだと受け取ってしまうようなことも、パソコン通信の初期の頃から常時起こっていたからだ。
  もちろん言葉巧みに相手を騙したり別人格を装ったりすることはできるわけだから、結婚詐欺をはじめとする各種のひどい詐欺事件や誹謗中傷の泥仕合なども数多く起こったりした。当然、見るに耐えないエロ、グロ発言や中傷記事なども登場し(とは言いながらも私も含めて皆が結構それらを読んでいたようだから、見るに耐えるシロモノだったのかもしれない)、それらをどうするかという議論などもその頃既に巻き起こっていた。あるフォーラムに殴り込んだ一人の女性が悪態と誹謗のかぎりを尽くし、その発言に怒ったそのフォーラムのシスオペやその取り巻き連中がその女性の身元や経歴を調べて逆に恐喝まがいの発言をした結果、こんどは女性側が名誉毀損で相手を告訴するという出来事なども起こった。たぶん、ネットでの誹謗中傷を問題にした我が国初の裁判事件だったのではないかと思う。
  nifty-serveなどでは、ホストサイドを中心に匿名による発言を規制し、実名表示の書き込みにすればネットの質が高まるという意見が強まり、niftyのBBS(掲示板)などでは匿名発言はできなくなったが、現実にはエロ、グロの書き込み、悪質な物品販売や宗教勧誘、怪しげな男女交際勧誘の類の記事は少しも減らず、きわめて質の高い発言をしたり、各種の専門的な相談などに親身になって応じてあげていた常連スペシャリストの多くが一斉にボードから姿を消した。
  仕事や役職上の立場もあって、たとえ真面目な意見やアドバイスを述べるにしても実名では憚られる人が多数を占めていたからである。直接的な応答の場で実名を明かせば、ストーカーまがいの行為に見舞われ困り果ててしまいかねない人もあったから(たまたま実名がわかり、それがもとで実際に被害に遭う人などもでた)、それはやむをえないことでもあった。喩えは適切でないかもしれないが、「悪貨は良貨を駆逐する」のグレシャムの法則まがいの状況がすでに起こっていたわけだ。
  もっとも、ハンドルネームなどの匿名によるネット上での交流は、時々笑うに笑えない事態をひきおこしたりもしたようだ。チャットやフォーラム、BBSなどで知り合い、仕事のことや家庭のこと、自分の異性との交際のことなど本音であれこれと語り合ったあと、いざメールを交換したり(ブラックメール等を防ぐため、当時からメールの場合には差出人名が実名表示されるようになっていた)、オフラインで実際に会ってみたりすると、相手が会社の上司だったり、交際中の恋人だったり、夫や妻だったり、すぐ隣の住人だったりという想像外の悲喜劇も生じたりしたのである。収拾がつかなくなって結局は離婚せざるを得なくなった夫婦のケースを一件だけだが私も知っている。
  ニアミスといえばなんだが、あるときチャットをやっていて、相手の専門領域やそれに関する細々としたことなどを話題にしているうちに、いきなりモニター上に自分の名前が表示されたことがある。そのため、どうやら相手がかつての教え子らしいと判明したのだが、ずいぶんとふざけた会話をしたあとだっただけに名乗るに名乗れず、素知らぬ顔で自分のことを自分でけなしたりしながらその場をしのいだ懐かしい想い出などもある。
  インターネット花盛りの現在、各種の情報を大量に蓄積した諸々のサーバーやデータベースと個人の端末とを結び、情報伝達や情報交換の効率化と社会の機能化を図るのがIT革命の本質であるように強調されているけれども、真のネットワークの発展にとってそれはかならずしも好ましいことではないように思う。
  誰もがいま忘れてならないのは、ネットや携帯電話などをはじめとする情報技術の基本はあくまでも「人間と人間をつなぐこと」にあり、どこか無機質でメカニカルな情報の海と人間とをつなぐのがその本質ではないということだろう。ちょっとインターネットを体験した者ならすぐにわかることであるが、どんなによい情報が満載されているとはいっても、モニター画面や通信機器の向こう側に生身の人間の息吹の感じられないネットなどには、正直言ってなんの魅力も存在しない。どんなに情報社会が高度化しようとも、人間は常に人間を求めるものなのだ。



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