「マセマティック放浪記」 2000年12月13日
Mathematics Odyssey December 13, 2000
黄昏に想う(U)


        (命の花) 

  闇の底に深々と眠り沈む摩周湖の暗い湖面を右手に望みながら湖壁上をほぼ半周し、摩周第一展望台付近に辿り着いたときには、時刻は既に午後九時を回っていた。
 「もう随分と時間も遅いですが、これからどうします?」
 「弟子屈の町の方へもうすこし歩いて下って、それからどこか適当な場所を探して野営でもします。いつものことで慣れてますから……」
  Sさんの問いかけに私はそう答えた。いまでこそ車中泊もできるワゴンで国内を好き勝手に駆け巡っているが、貧乏研究者の卵だった当時の私(もっとも、いまも「研究者」が「物書き」に置き換わっただけで、頭の形容詞二文字のほうはどっかのプロ野球チーム並みに「永遠に不滅です!」と居直ってはいるが)に車などあろうはずもなかった。だから、一人分の野営装備一式を詰め込んだ重たいザックを背負っての山行やトレッキングの旅などはごく当たり前のことだった。
 「それじゃ、一緒に私の家に行きましょう!」
  Sさんのそんな一言によって、一も二もなくその夜の身のふりかたは決りとなった。その後も旅先などで様々な人と出逢い、多少の言い回しの違いこそあれ、「それじゃ、一緒に私の家に行きましょう!」というこの時のSさんの言葉同様の誘いを受け、一夜の宿を恵んでもらった経験は少なくない。しかも、そんな出逢いの幾つかは、自分の人生に決定的な影響をもたらしてくれるようなものでもあった。いまにして思えば、偶然旅先で回り逢った相手に「一夜の宿を提供してもらう必殺業?」を私が無意識のうちにマスターしてしまったのは、この時の経験によるところが大きいのかもしれない。もちろん、私のほうには、「泊めてもらいたい」などという思いなどまったくないのだが、なぜかいつも結果的にそうなってしまうのだ。

  摩周湖第一展望台付近に駐車してあったSさんの車に同乗して弟子屈の町へとくだる途中で、わたしはなにげなくSさんにこう尋ねかけた。
 「このあと網走の原生花園のあたりを訪ねてみたいと思っているんですが、ほんとうは夏も終りのこんな時期じゃなくて、花の咲き乱れる初夏の頃が一番綺麗で見頃なんでしょうね?」
  当然、そうだという返事があるものだとばかり期待していた私は、意外としか言いようのないSさんの言葉に脳天を打ち砕かれる思いがした。
 「あの初夏の頃の鮮やかな緑に象徴される若々しく力強い命の息吹きや、あの底知れぬ大地の活力にはただ感嘆するしかありません。それに、盛りの頃に見る原生花園の花々の美しさは格別です。でも、それがすべてだと思うのは、その背後に潜むいまひとつの世界を見るいとまのない旅人の身勝手な想像に過ぎませんよ。夏に悠々と牧草を食む乳牛の姿だけを見て、単純に牧場での生活に憧れる一過性の旅人の想いとそれは少しも変わりありません」
 「はあ……」
  私が言葉に詰まるのを見てSさんはさらに続けた。
 「この北国の大地の片隅に根差して生きる私にすれば、あそこを訪ねて深い感動を覚えるのは、実は晩秋から初冬にかけての頃なんですよ」
 「どうしてですか?」
 「その頃になると、あの原生花園一帯のオホーツクの浜辺では、鉛色の空のもとで小雪が舞い、身を切るような寒風が吹き荒れはじめます。だから、夏の賑いとはうってかわって、誰ひとり訪ねる人などなくなってしまいます。ですが、他の草花がすっかり枯れ果てたそんな状況のもとで、厳しい自然に立ち向かうように忍び咲く小さな花があるんですよ」
 「へえ……そうなんですか?」
 「その花は、か細い身を寒風に痛めつけられながらも、凍てつく黒い砂地に必死に根を張り逆境に耐えて咲くんです」
 「どんな花なんですか?」
 「菊科の草花なんですが、花そのものはほとんど目立たないごく小さなもので、何の変哲もない白い平凡な色をしています。もちろん、誰もそんな花など見向きなどしませんし、そもそも、そんな花があることすら知らないでしょう」
  Sさんはそこでいったん言葉を切ったあと、まるで自らに言い聞かせるかのように再び口を開いた。
 「でもその花は咲くんです。咲かずにはおれないです。咲くという行為そのものがこの花の命の証なのですから。それは、内なる生命そのものの純粋の営みといっても過言ではありません」
 「なんだか、身につまされる感じですね。そんな話を伺うと……」
 「冬のオホーツク海の怒濤を背にして咲くあの花を見ていると、感動のあまり胸が詰ってしまうこともあるんですよ。花そのものはなんとも平凡な感じのもので、お世辞にも美しいとは言えない……でもあの花には不思議な命の輝きがあるんですよ」
 「そうなんですか、そんなこと考えてもみませんでした。私も一度その花を見てみなきゃいけないですね」
 「美しい夏の原生花園の持つもう一面に触れ、生命というものの奥深さに心底感嘆してもらうには、あの花の姿を一度は見ておいたほうがよいかもしれませんね」
 「……」
  そんなSさんの最後の一言に私は返す言葉もなく、ただおし黙って深い想いに沈むだけだった。もちろん、これに類する話なら巷にはいろいろとないわけではないけれど、状況が状況であっただけに、その時のSさんの一語一語は不思議なほどの説得力をもって私の胸の奥底を揺さぶった。



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