「マセマティック放浪記」 2000年11月29日
Mathematics Odyssey November 29, 2000
さらなる飛躍を祈りつつ

  川畠さんにどんな本を読む(テープを聴く)のが好きですかと尋ねると、いま自分が好きなのは歴史物で、それも東西を問わず世界の歴史全般に関心があるという返事が戻ってきた。最近夢中になった文学作品の一つに、トルストイの著作「クロイツェルソナタ」があるという。ベートーベンが「クロイツェルソナタ」を作曲するまでの背景をドラマティックに描いた作品なのだが、たぶんその文章の中に川端さんが感じ取った様々な感動や大作曲家の深く激しい想いなどは、実際の「クロイツェルソナタ」の演奏にかたちを変えて生かされているはずである。 
  あるとき、テレビかなにかで、アイザック・スターンがまだずいぶんと若いヴァイオリニストの卵たちを指導する光景を見たことがある。そのときスターンは、大作曲家と呼ばれる人は誰でも、命を削り魂のかぎりを込めて個々の音符を書き上げたというのに、その作曲家の伝記さえも読んだことがないというのは何事だと叱り、単なる演奏テクニックの習得だけに走りがちなレッスン生たちを厳しい口調で戒めていた。むろん、川畠さんはそんな初歩的なことなどとっくに認識済みだから、いろいろな知識を広くそして深く身につけるべく、音楽以外のところでも何かと研鑽を積んでいるわけである。

  特別に取り寄せてくださった寿司を頂戴しながらの我々の談笑は弾みに弾み、やがて話題の中心は音楽の世界の側面的なことがらへと移っていった。そして、しまいには音楽には直接関係ない船舶史や宇宙史の問題へと話が飛ぶ有様だった。そんな談話の展開のなかにあって私のような音楽の素人にとってとても面白かったのは、演奏会場の音響の良し悪しにまつわるちょっとした裏話だった。
  川畠さん父子の話によると、ヴァイオリンの演奏の場合、演奏者や伴奏者を見やすい位置と音を聴くのにもっともよい位置とはまるで違うことが多いのだそうである。いくつかのホールで実際に検証してみた結果から類推すると、一般にヴァイオリン演奏の場合には、一階中ほどから奥にかけての、舞台に向かって右手壁際に近い席が音響的に最高なのだそうである。招待客用の席がある一階中央付近は、舞台を見るにはベストだが、音の響きということになるとあまりよい位置だとは言えないらしい。ホール内における複雑な音の反響などの関係もあってそういうことになるのだそうだが、だからといってまさか招待客をホールの隅のほうに座らせるわけにもいかないからと、川畠さん父子は苦笑していた。もちろん、オーケストラの演奏などの場合、状況はまた異なってくるのかもしれない。
  いまひとつ面白かったのは川畠さんのジョークにまつわる微笑ましいエピソードだった。川畠さんのリサイタルではすでにおなじみの光景だが、プログラム曲の演奏が終わりアンコールにはいる前に、川畠さんは必ずその日の聴衆向かって簡単なお礼の言葉を述べる。そして、そのときの言葉の中にさりげなく折り込まれる軽妙なジョークによって、会場はいつもなごやかな笑いに包まれる。日本のクラシックの演奏会では大変に珍しいことなので、はじめてそんな雰囲気に接した人は驚きを覚えさえするかもしれない。英国仕込みではないかと思われるその洗練されたジョークの切れ味はなかなかのもので、とても好感がもてるし、実際、そのあとに続くアンコール曲の演奏をいっそう印象的なものにする役割をも果たしている。
  たとえば、九月に東京三鷹で催されたリサイタルにおいて、川畠さんは伴奏者のダニエル・ベン・ピエナールさんをあらためて聴衆に紹介し、彼が南アフリカ出身のピアニストで、ロンドンの王立音楽院で共に学んだ親友であることを伝えた。そして、国籍も育った環境も異なる二人がイギリスという異郷の地で出逢い、強い心の絆のもと、互いに協力し合いながら音楽を造り出していくことの素晴らしさ不思議さについて、淡々とした口調で会場の人々に向かって語りかけた。
  そのあと突然に、川畠さんは、「とても仲のよい私たちなんですが、昨日の夕刻は何故か二人の間にただならぬ空気が漂いまして、どうなることかと……。もっとも、二時間ほどしたらいつも通りのごく親しい関係に戻りはしましたが……」となにやら意味ありげな一言を投げかけた。ピンときた人はすぐにニヤリとしたのだが、私のみるかぎり、瞬間的にそれがジョークだとわかった人は少なかったようである。実はその前日の夕刻にオリンピックのサッカー予選、日本対南アフリカの試合が行なわれたばかりだったのだ。川畠さんの口から前言の背景が明かされると、もちろん会場はしばし笑いの渦に包まれた。
  また以前のリサイタルにおいて、川畠さんは、ピエナールさんと共にある大家のところへレッスンを受けに出かけた時、その先生からそれぞれに課題を与えられたという話をしたことがある。次に来る時までに川畠さんはもっと英語が上手くなるように、また、ピエナールさんのほうはもっとピアノが上手くなるようにというのがその課題だったというもので、むろん、それは川畠流の軽いジョークであった。ところが、一部の人にはどうやらそれがジョークとしては受け取られなかったようである。
  そんなかねてのジョークが裏目に出て、ある地方にピエナールさんと共に公演に出かけたときのこと、笑うに笑えない事態が起こった。川畠さんは英語が不自由らしいから便宜を計らってあげようという主催者側の配慮で、ピエナールらとの間をとりもつために急遽通訳がつけられたというのである。ところが困ったことに、一年ほどの英国滞在経験をもつというこの通訳はどういうわけかあまり英語がうまくなく、本音を言えば川畠さん自身が直接に英語を喋ったほうが事はずっと容易であったらしい。しかしそこは心優しい川畠さんとピエナールのこと、そんな胸の内などおくびにも出さず、懸命の通訳氏を最後まで温かく見守り、その顔を立ててあげたのだという。
  川畠さんはその程度で済んだからまだいいが、同行のピエナールにいたっては、もっと強烈なパンチの洗礼を食らったらしい。演奏後のレセプションか何かの席で、ある人が彼に向かって、「ピエナールさん、あなたはピアノがまだあまりお上手じゃないそうですが、今度いらっしゃる時までには上手くなってきてくださいね」と、にこやかな笑みを湛えながら大真面目で語りかけたのだそうである。川畠さんによると、ピエナールは大変にシャイな人柄だということだから、相手の言葉がそのまま伝わったとすれば、恐らく彼は返事に窮して目を白黒させたに違いない。
 
  今年の九月下旬ロサンゼルスの日米劇場で行なわれた川畠さんのアメリカ初リサイタルは大成功に終わり、聴衆を魅了し尽くしたその演奏の様子はロサンゼルスタイムスなどでも大きく報道された。このリサイタルの一部始終は十二月九日土曜午後十時からNHK教育テレビの「土曜プレミアム」において、「いのち響きあう街〜川畠成道二十年目のロサンゼルス〜」というドキュメンタリー番組として放映されるから、関心のある方は御覧になるとよいだろう。ついでだから述べておくと、十二月十五日午後六時からはTBSテレビのニュースの森への生出演もきまっているようである。また近々、扶桑社から川畠さんの自伝も出版される予定になっている。
  我々が川畠家を訪ねた日、成道さんはロサンゼルス公演を三週間後に控えた心境を感慨深げに話してくれた。八歳のとき旅先で不慮の薬害事故に遭遇した川畠さんはカリフォルニア大学付属病院に担ぎ込まれ、当時二十八歳の若い主治医の献身的な治療と三ヶ月に渡る入院の末に辛うじてその一命を取りとめた。その時からはや二十年、川畠さんは奇しくも当時の主治医と同じ年齢の二十八歳となった。現在サンフランシスコ在住の四十八歳の医師も、もちろん、川畠さんの演奏を聴きにくることになっているという話だったから、ロサンゼルスでの二人の再会はさぞかし感動的なものとなったに違いない。
 「偶然とはいえ、事故からちょうど二十年目のこの年に二十年ぶりにアメリカに渡り、因縁の地ロサンゼルスで初リサイタルを開くというのは天の導きとしか言いようのない不思議な運命の成り行きです」と語る川畠さんの表情には、同地での演奏にかける決意のほどが偲ばれてならなかった。
  つい先日の十一月二十三日には、東京オペラシティホールで催された川畠さんのリサイタルを聴きに出かけていたが、これまた期待を裏切らぬ素晴らしい演奏だった。人それぞれに好みがあるのであくまでも私個人の感想だが、今回の演奏では特にバッハの無伴奏パルティータ、第二番、ニ短調、BWV1004の演奏が印象的だった。川畠さんがリサイタルでバッハの作品を取り上げるのは今回が初めてだとのことだったが、この曲に「無心」の境地で立ち向かうことにしたという曲目解説の中の川畠さん自身の言葉通り、奏で出される音の一つひとつには人間の我執を超えた聖なる響きとでも呼ぶべきものが感じられた。
  川畠さんのホームページ(http//:www.1.u-netsurf.ne.jp/~michi-k/)のメールボックスに、「一生のお願いだからチゴイネルワイゼンを弾いて」と書き送ったファンの要望に答えて、最後のアンコールでは久々にその曲が弾かれたが、一段と情感がこもり演奏にも凄みが増した感じで、私の席の周辺をちょっと見まわしただけでも目頭を押さえている人がずいぶんと見受けられるほどだった。終演後ちょっとだけ楽屋に伺い正雄さんと麗子さんに挨拶をしたが、正雄さんが実にいい笑顔を見せておられたところをみると、期待を裏切らない素晴らしい出来栄えだったのであろう。
  川畠さんはちょうどファンの待つサイン会場へと向かうところだったので、すれ違いざまにほんのちょっと言葉を交わしただけだったが、気のせいかその表情にはこれまでとはどこか違った落着きとゆとりさえもうかがい見ることができた。十二月十七日には府中市の生涯学習センターにおいて「私とヴァイオリン」というテーマで川畠さんの講演が行なわれる予定になっているが、どんな話が聴けるかといまからとても楽しみである。
  つい最近のことだが、川畠さんと日フィルとの共演コンサートの鹿児島での開催を企画しているという人から、川畠さんについての短い紹介文の執筆を依頼された。その拙文を最後に記しおいて、川畠成道さんについての今回の一連の文章の結びとしたいと思う。

<魂の琴線を操る異才!>
  思わず目頭が熱くなるほどに聴衆の魂を揺すぶるあの魔術的な音色は、いったいどこから生まれてくるものなのだろう。たぶんそれは、この異才の心奥にあって命の音をつむいでいる鋭敏な琴線のはたらきによるものに違いない。川畠成道が体内に秘める魂の弦は、五線譜の音符を旋律として再生するよりもまえに、この世に生きる人々の歓喜の声や悲哀の叫びに鋭く深く共鳴する。川畠の奏でる旋律が人々を心底感動させるのは、ヴァイオリンの演奏技術のみでは到達不可能な高みにその表現の源泉があるからなのだ。素顔の川畠は柔和で謙虚で、しかも驚くほどに気さくで明るい。音楽家につきものの神経質で近寄りがたい雰囲気など毛頭ない。知的探究心も旺盛で文学や哲学、歴史、科学などの世界への関心も強い。川畠の言葉がユーモアとウィットに富み、的確かつ魅力的で特有の品性を感じさせるのもそんな背景のゆえなのだろう。これから先、まだまだ飛躍的な表現力の向上が望め、さらには音楽思想家としての成長さえ期待できるこの新進ソリストの将来を、我々は長い目で優しく温かく、しかし時には厳しく冷静に見守っていきたいものである。    



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