科学・教育雑想コーナー 連載第9回/2003年9月24日
コンピュータサイエンスから見た人間の脳 A 
 大脳生理学者や医学者、コンピュータサイエンスの専門家らの近年における共同研究の結果として、小脳には、5つの電子素子を3〜4本の回線でつないだような構造ものがずらりと並んでいることが明らかになりました。だが、それらがどのような働きをしているのかは全然解りませんでした。ともかくそんな構造のものが一つの微小領域に500個ほどセットになって並んでいて、さらにそのセットが30000個ほども存在しているのです。それらは全部類似構造を有しているために、発見当時からこの奇妙な組織体は一種のバイオコンピュータではないだろうかと想像はされてはいました。でもそれがバイオコンピュータだという証明はなかなかできなかったのです。当然のことですが、それらがどのような機能をもっているのかということは認知科学者たちの間で大きな問題となりました。
 この問題に対して、デビッド・マーというケンブリッジ大学の若手数学者が、おもしろい考え方を提唱しました。具体的な内容は難しいので要点だけ簡単に述べますと、それは、「小脳内の個々の類似構造(前述した5つの電子素子を3〜4本の回線でつないだような構造)どうしをつなぐ神経伝達繊維シナプスを流れる情報量(電気信号の量)が一定ではなく、可変的、すなわち、その流れに強弱がみられ、それを論理的に説明することができるならば、小脳のこの特殊なバイオ回路はコンピュータと同じ働きをすることができるはずだ」という仮説でした。当然、世界中の医学者、生理学者、コンピュータサイエンスの研究者、物理学者、化学者、生物学者などはデビッド・マーの仮説を証明しようと懸命に研究に取り組みはじめたのです。
 1973年には、かねてから記憶に関係があるといわれてきた海馬の神経細胞に高度の電気刺激を与えると、神経細胞と神経細胞が次々に結びついて網の目状に発達する、いわゆるシナプス結合の促進がみられることが明らかになりました。またその後、大脳においても同様に電気的刺激によるシナプス結合の増幅が発見確認されました。ところが不思議なことに、もっとも多くの神経細胞が集まっている小脳では、電気的刺激や信号を与えてもシナプス結合が増幅されないばかりか、神経伝達繊維シナプスの可変性、すなわち、神経細胞を流れる電気的情報量の変化もまったく検出されなかったのです。そのために一時は、魅力的な仮説ではあるけれどその検証は事実上不可能なのではないかとさえ考えられました。
 この問題を解決したのは、東京大学医学部教授を経て理化学研究所長を務めておられた伊藤正男さんという方です。ついでに述べておきますと、この伊藤正男さんと、いま一人、以前に筑波の電気総合研究所に務めておられ、その後理化学研究所に移られた松本元さんとは、我が国における生理学ないしは工学面からの脳科学研究の最高権威でした。ほとんどの方々は伊藤さんの名も松本元さんの名もご存知ないのではないかと思いますが、このお二人は世界的に有名な研究者でした。
 伊藤正男さんはたいへんな苦労をしたあげく小脳の問題を解決したのですが、その業績は国際的に大きな評価を受けました。実は小脳の情報伝達のメカニズムは研究者の予想に全く反するものだったのです。電波を増幅してテレビ画像を得るといったように、情報の伝達においてはデータ信号の増幅という考え方に立つのが普通です。そのために、研究者は刺激を与えればそれが増幅され信号として伝わるはずだと考えたのですが、なんと小脳の情報伝達メカニズムはその全く逆だったのです。ある強い刺激が入ってくると増幅するのではなくて、その刺激の強さを抑制するのです。刺激量を逆に少なくし、その減少度の違いによって情報を伝達しているらしいことがわかったのでした。それはコロンブスの卵の話にも似た大発見だったのです。
 こうして小脳というものが生物学的なコンピュータであることがはっきりし、神経細胞内を伝わる情報信号速度の違いによって情報蓄積や情報処理ができるということがわかってくると、小脳に存在する数千万本の神経繊維群(シナプス群)も一躍脚光を浴びるようになりました。
 伊藤正男さんの提唱する仮説によると、小脳は単に運動機能をつかさどるばかりでなく、大脳の機能をシミュレートしたり、脳のフィードバック機能や試行錯誤学習機能を制御する重要な役割をになっているというのです。小脳から大脳に数千万本の神経繊維が走っているのもその有力な証拠のひとつだといわれています。このことはまだ100%証明されたわけではないのですが、現在では非常に重要な仮説として世界中の研究者たちが大きな関心をよせるようになってきています。

大脳は長期記憶のうち「記述的な記憶」をつかさどっているということについてはすでに述べましたが、学習によって得られた大量の情報を大脳に伝達するための直接のゲートは海馬と呼ばれる特殊な器官です。海馬というのはギリシャ神話に出てくるネプチューンが乗った動物で、その特殊器官の形状が海馬に似ていることからそのような名がつけられたということです。この海馬を特に強く刺激する情報は大脳へと伝達され、そこではじめて長期記憶として蓄積されることになります。この一連のメカニズムは、いまではほとんど解明されているようです。
 コンピュータの各種記憶装置の場合その中の電気信号や磁気信号などを消してしまうと記憶も同時に消えてしまうのですが、人間の記憶装置、すなわち、大脳という生物学的な記憶装置の場合には、いったん取り込まれた情報はその記憶細胞や記憶回路が死滅するまで消えることはないようなのです。だからこそ脳細胞は使い切れないほどの数があるのだろうと推定されています。死ぬまで記憶が消えないのですから、古い記憶は地層のようにどんどん下層へと押し沈められていくわけです。ですから昔の記憶を忘れるということは、記憶が消えたわけではなく、記憶を意識の表層までうまく引き出せない状況になってしまっていることを意味しています。古い記憶は化石状態になって脳の下層に眠っているらしいのです。上層の比較的新しい記憶情報は直接に情報を処理する演算装置の海馬と直結しており、日常生活の多くはその上層部の記憶層に基づいておこなわれているようなのです。
 近年の研究によって、各々の記憶層は連想をひきおこす連合的構造を持つことも明らかになってきました。単に記憶の地層として存在するばかりではなく、いざというときに働く連想回路というものも存在しているらしいのです。すっかり忘れていることを突然何かの拍子に思い出すことはよくあることですが、そういう連想をひきおこす回路が人間の脳のニューラルネットワークにはもともとそなわっているようなのです。
 前述しましたように、大脳はコンピュータでいうとハードディスクやフロッピィディスク、メモリーカードといったようなものに対応しています。また海馬は演算装置(CPU)、すなわちリアルタイムで様々な演算処理をする部分に対応しています。このような構造をもつ脳の中に取り込まれるデータは神経細胞の結合という形で蓄積されていくわけですが、どうやらこれが個性とか、人格とかいったものを決定しているらしいのです。
 昔からよく言われていることなのですが、生命が絶対的な危機にさらされた時などには走馬灯のように過去の想い出が脳裏を駆け巡るものなのだそうです。死刑囚で実際に死刑を執行される途中で助かった人とか、瀕死の状況の中から生還した人などを対象に調査をしてみると、実際にそういう体験をしたという人がかなりの確率で存在しているようです。きわめて短い時間に、幼い頃から現在に至るまでの記憶がスローモーション映画のように甦ってくるというその現象はいったい何を意味するのでしょう。このことについては、認知学者たちがいろいろと面白い解釈をおこなってもいます。
 そのひとつは、人間というものは、避けがたい生命の危機などに頻したとき、自己防衛のためにその恐怖を和らげるように働く緩衝メカニズムを生まれつきそなえもっているのではないかというものです。記憶の地層の最深部には普通は開かない特殊な栓みたいなものがあって、もう駄目だというようなときや、病気などで現実に死ぬ瞬間を迎えたときなどに突然この栓が抜けて、記憶の地層の底で眠っていた情報がいっきに意識の表層に流れ出るのではないか、というわけです。その仮説の真偽のほどは目下のところ検証のしようがないのですが、非常に興味深い話ではあります。
 いずれにしろ、我々人間が通常意識している過去の情報は長期記憶のほんの一部で、潜在化している部分が大半であることは間違いありません。氷山と一緒で、ごく一部だけが「意識の海面」のうえに姿を見せていて、あとは「意識の海面下」で眠ってしまっているというわけです。そうだとすれば、将来的には潜在化部分を容易に引き出す方法が生み出されるようになるかもしれません。そうなれば、もうすっかり忘れている青春時代の想い出を鮮明に呼び戻したりすることもできるようになるでしょう。これはもう、ある種のバーチャルリアリティの世界です。
 もっとも、脳の断層写真の撮影や核磁気反応利用による脳神経細胞の活性度探査などは可能ですが、現在ではかつてナチスがやったように脳の側頭葉などに直接電極を刺すといったような行為は絶対に許されませんので、将来何かよい方法が開発されないかぎりその実現は困難でしょう。むろんこのような話には大変怖い一面もあります。もしも脳の情報をコントロールすることが可能になれば、実際には存在しない「非リアリティな世界」を幼いときから見せつづけ、いっさい現実世界を見せないようにすることだってできるのです。そうすると、その人間にとっては、自分が見せられている非リアリティな世界が現実の世界だということになってしまいます。SF的な世界の話に思われるかもしれませんが、そんなことだって近い将来絶対に起こらないとは断言できないのです。(続く)  
                                   (ほんだ・しげちか)


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