科学・教育雑想コーナー 連載第6回/2003年8月13日
任意分割法による正多角形の作図 
 任意の正多角形を描くのになにか巧い方法がありますかと訊ねられたら、皆さんはなんと答えることでしょう。正三角形、正方形、正五角形、正六角形、正八角形、正九角形、正十角形、正十二角形などの場合なら、それが巧い方法であるかどうかはともかく、コンパスと定規と分度器があれば、なんとかそれらしきものを描くことはできると思われるに違いありません。しかし、正七角形、正十一角形、正十三角形などを描いてくださいと言われたらどうでしょう。ちょっと考えてみただけで、そんなこと不可能だと匙を投げてしまう人がほとんどなのではないでしょうか。
 たとえば、正七角形を描くためにその中心と任意の一辺の両端とを結んでできる角度を求めようとすると、360°÷ 7= 51.42857142857…… という無限循環小数が登場してきますから、分度器を使おうにも使いようがありません。そもそも、正七角形などというシロモノをこれまでに見たことのある人はほとんどいないのではないでしょうか。正十一角形や正十三角形についても事情はまったく同じなのです。
 専門的な図学の方法を用いれば近似的にそれらの特殊な正多角形を描くことはできるのですが、一般の人々にはそんな高度な作図法など無縁です。さらにまた、それ以外の正多角形の場合でも、分度器を用いてはならず、コンパスと直線定規だけを使って描いてくださいと言われたら困ってしまう人がすくなくないでしょう。正五角形、正九角形、正十角形などにいたっては多少は数学に強い人でも一瞬戸惑ってしまうことでしょう。
 黄金分割比を用いた論理的な正五角形の作図法を熟知している人の場合でも、その方法で実際に正五角形を描いてみると、微妙に各辺の長さの異なる五角形になってしまうことがすくなくありません。正六角形や正八角形のような誰でもその作図法を知っている図形を描く場合にも同様のことは起こります。分度器を使うことが許されている時でさえも、辺数の多い正多角形を描くとなると出来上がった図形にかなりの歪みが生じてしまうことでしょう。
 論理的には正しいにもかかわらずなかなか巧くいかないのは、何度も中心を移動させながらコンパスで円を描いたり、円と円との交点を求めて印をつけたり、点と点を結ぶ線分を何度も引いたりするうちにどうしてもかなりの誤差が発生してしまうからなのです。大きさも幅もない点や線を描くことができれば問題ないのでしょうが、そんなことは不可能です。人間が現実に描く点や線には僅かながらも大きさや幅がありますから、作図の過程でそのような点や線を繰り返し用いるうちに誤差が累積してしまい、描き上がった正多角形に微妙な歪みが生じてきてしまうのです。
 ではいったいどうしたらよいというのでしょう。まさかと思われるかもしれませんが、誰にでもできる絶妙な方法があるのです。しかも、この方法を用いると、数学的な知識などまったくなくても任意の大きさの正多角形を巧く描くことができるのです。必要な道具もコンパスと製図用のディバイダーと直線定規だけで、分度器はまったく必要ありません。正確を期すためにディバイダーはあったほうがよいのですが、どうしても用意できない場合にはコンパスと直線定規だけでも十分です。あとはちょっとした熟練が求められるだけの話です。ただし、コンパスのみを使う場合は構造のしっかりしたものを選び、描線用の芯は硬めのものにし、芯先はなるべく鋭く削っておくようにします。
 この方法は任意分割法と呼ばれる正多角形の作図法で、図学や製図を専門にする人にはお馴染みのものですが、一般の人々にはあまり知られてはおりません。もちろん、それはずいぶんと昔からあった方法のようで、現代的な数学の知識など持ち合わせなかった昔の絵師などは、辺数の多い正多角形をベースにした複雑な幾何学模様を描くときなどに、どうやらこの方法を用いていたらしいのです。
 種明かしをすると、「なーんだ、そんなことか!」という声が聞こえてきそうですが、卵にまつわるコロンブスのエピソードと同じことで、自分でその方法に気づくのはなかなか難しいことなのです。問題解決における理論的方法と実践的方法の大きな違いをよく物語る事例で、前回紹介した金型作成技術の一件にもどこかでつながる話ですから、知っておいてもけっして損はないでしょう。ただ、そうであるがゆえに、ある程度数学的な知識がある人や論理的な思考をする人などには、すくなからず違和感のある方法のように思われるかもしれません。
 正五角形を描く場合を例にすると、その方法とはこうです。画用紙などを用意し、まずコンパスを用いてそれに大きめの円を描きます。そして、その円周上に基準となる点を一点だけとることにします。次に目検討で円周をおおよそ五分割すると思われるくらいにディバイダーを開き(ディバイダーがない場合にはコンパスを開き)、円周上の基準点(出発点)にディバイダーの一端の針先(コンパスの針先)を軽く突き刺します。それから、円周上にディバイダーの針先を交互に五回突き刺し小さく針跡をつける感じで動かしていきます。最初はなるべく針跡が残らないようにしたほうがよいでしょう。
 五回目に当たる最後の操作でディバイダーの片方の針先を円周上にもってこようとすると、当然、最初の基準点より手前にくるか、逆に基準点を超えた位置にくるかのどちらかになります。その時点で、ディバイダーの片方の先端がもしも基準点より手前にくるようなら、基準点との差(ずれ)のおよそ五分の一に当たると思われる分だけディバイダーの間隔をより大きく開きます。また逆に、ディバイダーの片方の針の先端が基準点を超えるようなら、同様に基準点との差(ずれ)のおよそ五分の一に当たると思われる分だけディバイダーの間隔をより小さく縮めます。そして、また基準点から始めて同様の作業を繰り返していきます。
 トライアルの度数を追うごとに誤差(ずれ)はどんどん小さくなっていきます。熟練してくると、三度ほど作業を繰り返しただけで、ディバイダーの針の一端がピタリと基準点に戻ります。そうでなくても、ほぼ誤差を無視できるほどに基準点に近い位置に針先が戻るようになります。初心者の場合でも五度ほども試行を繰り返せばまずまず納得のいく結果が得られることでしょう。あとは同じ開き具合のままのディバイダーでもう一度試行を繰り返しますが、今度は明瞭に五個の針跡をつけ、最後に定規を用いてそれら五個の点を結べば正五角形が完成します。その五角形の対角線を結べば正確な星形も描くことができるわけです。
 この任意分割法を使えば、正七角形だろうと正十一角形だろうとほぼ正確に描き上げることができるのです。他の正多角形に関しても、分度器を使ったり論理的な方法に基づいたりして描いたものよりも、この方法を用いて描いたもののほうがずっと精度は高くなるようです。任意分割法によって正確な正多角形を描くコツは、誤差が小さくなるようになるべく大きな半径の円を用いることです。そして小さな正多角形を描きたい場合には、あらかじめ大小何個もの同心円を描いておき、一番外側の円を用いて任意分割法を実行します。そのあと同心円の中心といちばん外側の円周上に印されたディバイダーの針跡とを次々に結び、その線分が内側の各同心円と交わる点を求めます。あとは必要に応じた大きさの円を選び、その円周上にマークされた各点を線で繋いで正多角形を仕上げていくだけです。
 周囲の誰かに「正七角形を描けるか?」ともちかけ、相手が困惑しているのを見届けてから、任意分割法を用いて自分で描いた正七角形の図を得意げに見せてやり、「描き方は秘伝中の秘伝だよ!」などととぼけておくのも一興あることかもしれません。ものごとを理論的に処理しなければ気がすまないタイプの人にはどうにも受け入れ難い方法のようにも思われるかもしれませんが、皮肉なことに、現実的かつ実践的なこの方法で描いた正多角形のほうが論理的手法で描いた正多角形よりも精度が高いというわけなのです。
 理論的手法と現実的手法とはもともと相補的な関係にあり、ある目標を達成するためには双方がそれぞれの欠陥を認識し他方の利点を採り入れていくべきだというのが、この話の暗示するところではあるのでしょう。詳しいことは省きますが、これと類似したことはコンピュータ・ソフトのプログラミングの世界などでもよく起こっています。
 ある特別なシミュレーションや制御のプログラミングを行なう場合、微分方程式などを多用した純粋に数学的な処理をするプログラムを組むと複雑になるばかりで巧くいかないのに、ごくシンプルな初等算術や物理の原理を階層的に組み込んで用いると十分実用に耐え得るシミュレーションや制御が可能になるということが少なくありません。理論的にパーフェクトを期そうとすると途方もないことになってしまう問題でも、厳密性に欠けるところも少なくないセカンドベストやサードベストの手法を繰り返し用いると現実にうまく適(かな)った処理ができるようになり、実用的なソフトの開発に道が開けることもずいぶんと多いようなのです。
                                   (ほんだ・しげちか)


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