科学・教育雑想コーナー 連載第3回/2003年7月2日
なぜ直角は90度? 

 小学生などを相手にして冗談まじりに「なぜ直角って90度なの?」と訊ねてみたりすると、たいていの子はウーンと考え込んでしまうようです。ただ、なかには「直角は90度ときまっているから90度なの!」という答えを返してくる子がいたりします。「そんなのちっとも答えになってないじゃないの!」と大人はすぐに口をはさみたくなるのですが、もしもあなたがそんなひとりであるならば、この際ちょっとだけ反省したほうがよいでしょう。子どものそんな答えはある意味ではかなり正解に近いものであるからです。
 そもそも、円はなぜ360度なのでしょう。それは、「円周を360等分し、隣り合う2つの等分点と円の中心とを直線で結んだときにできる角度を1度とする」という基本的な約束があるからにほかなりません。これは角度の定義と呼ばれるものですが、この定義があるからこそ、直角、すなわち、4分の1円周上の円弧の両端の二点と円の中心とをそれぞれにを結んだときにできる角度は、360度÷4=90度となるわけです。そうしてみると、「直角は90度ときまっているから90度だ」という前述の子どもの答えはそんなに的外れではないことがわかるでしょう。
 こんなことを書くと、すぐに、「じゃ、角度というものはどう約束してもよいのか?」という疑問が湧いてくるかもしれませんが、実際その通りなのです。その約束が実用上便利であるかどうかはともかくとして、そうすることが必要であるというなら、角度はどう約束(定義)してもかまいません。円を100度と約束すれは直角は25度となります。円を1度と約束すれば、直角は0.25度ということになります。ただ、そのように約束した場合、正三角形の一つの内角などは16.6666…度とか、0.166666…度とかいったような中途半端な値になってしまいますから、あまり実用的ではありません。
 その点、360という数は、1、2、3、4、5、6、8、9、10、12、13、15、18、20、24、30、36、40、60、72、90、120、180、360、と24個もの約数をもっていますから、円を表わす角度を360度と約束しておくと、いろいろな正多角形を描く場合でも、方位角などを考える場合でもずっと便利です。もちろん、円を表わす角度を720度にしてもかまわないわけですが、そうすると、直角が180度になりますから、精度は高くなるかわりに、目盛が細かくなりすぎかえって不便になってきます。人類は長いながい経験を通して、円を360度と約束しておくのがもっとも便利で実用性が高いと判断するに至ったのでしょう。
 そんなわけですから、円を表わす角度は360度、直角は90度であると考えてもらうことにはなんの問題もないのですが、数学教育の立場から言わせてもらうと、実は、「角度というものはどのようにでも約束できる」ということを知ってもらうことのほうがより重要なことなのです。そのうえで、当面の実生活においては円を360度とする通常の角度の約束がもっとも便利なのだというふうに思ってもらうにこしたことはありません。
 話が難しくなるので詳しい説明は省きますが、「角度というものはどのようにも約束できる」と考えることができるような思考の柔軟さがあってはじめて、三角形の内角の和が180度より大きくなったり(曲率が正の曲面幾何学の場合)、逆に三角形の内角の和が180度よりいくらでも小さくなったりする(曲率が負の曲面幾何学の場合)ような非ユークリッド幾何学の考え方を抵抗なく受け入れることも可能になるからです。非ユークリッド幾何学の世界の角度は、たとえば、縦切りにした一切れの西瓜の外皮面のようにまるみを帯びたりしていますし、またそのまるみの帯び方も一様ではなかったりもしますから、角度についての思考の柔軟性がないと、理解するのがかなり難しくなってきます。
 有名なアインシュタインの相対性理論などはリーマン幾何学(一種の曲面幾何学)を用いて記述されていますから、ほんとうにその世界を理解しようと思ったら、どうしても日常的な角度の概念を離れ、一見奇妙にも思われる新たな角度の考え方や直線の考え方に慣れていくしかありません。相対性理論の世界などでそのような変わった幾何学理論を用いるのは、そのほうがその世界をより的確に表現できるからなのです。通常のユークリッド幾何学は、相対性理論や量子論の世界ではかえって不便なものになってしまうのです。
 高校になると、弧度法(ラジアン)という新しい角度の約束の仕方が登場してきます。πとか、π/2とか、π/3とかいったようなあの奇妙な角度表記のことです。数学が苦手な人などは、そもそも、なんであんな訳のわからない角度の約束なんかをしなければならないだろう、通常の角度などよりかえって面倒じゃないかと思われることでしょう。でも、弧度法(ラジアン)には弧度法なりの重要な役割があるのです。
 高校の数学の授業で初めて弧度法を教えるときなどには、いきなりその約束(定義)を理屈抜きで憶えさせるのでなく、簡単でいいから、はじめにそのように角度を約束(定義)することの意義や利点を説明したほうがよいと思うのですが、現状はそんなふうにはなっていないみたいです。はじめて弧度法(ラジアン)というものを目にした途端にパニックを起こし、高校数学に挫折した人もすくなくないことでしょう。では、なぜ弧度法などというものが必要なのでしょうか。いろいろとその理由はあるのですが、その一例を簡単に述べてみることにしましょう。
 いま縦軸に通常の座標目盛りをもつ実数軸を、また横軸には円周を360等分して定められる通常の角度目盛りをもつ座標平面を考えてみることにします。この場合、縦軸の目盛りは通常の長さ(原点からの距離)を表わしていますが、横軸の30°60°90°といったような目盛りは長さ(原点からの距離)を表わしているわけではありません。したがって、この座標平面上に正方形や長方形などを描いたとしても、縦方向と横方向の目盛りの意味がまるで異なるわけですから、それらの図形の面積には何の意味も生じてきませんし、そもそもそれらの面積を計算することさえもできません。それどころか、この平面上において斜めに線を引き線分ABなどをつくってみてもその長さなど求めようがありません。
     
 また、この座標平面上にy = sin x のような関数のグラフを描くことはできますけれども、この波形の正弦関数のグラフと横軸とで囲まれる部分の面積を求めようなどとしたら、たちまち行き詰まってしまいます。その理由は前例と同様に、y座標(縦軸座標)が原点からの距離を表わす実数値であるのに対して、x座標(横軸座標)のほうは原点からの距離を表わす実数値ではないからです。
 そこで、y = sin x のような三角関数とよばれる角度の関数のグラフなどに実用的な意味を持たせようとすれば、横軸のほうも長さ(スカラー量)を表わす実数目盛りにする必要が生じてきます。べつの言い方をすれば、角度を長さで約束(定義)する新たな方法を考え出さなければならなくなるのです。そして、そこで登場してくるのが、ほかならぬ弧度法(ラジアン)というわけなのです。
 角度は必要に応じてどのように約束してもよいと述べましたが、ここではじめて、その柔軟な考え方が生きてくるのです。半径1の円Oがあるとき、その円周上に二点A、Bを弧ABの長さが半径とおなじ長さ1になるようにとるとします。このとき、OA、OBをつないでできる角、∠AOBを新しい1度(1弧度あるは1ラジアンという)と約束します。このとき全円周は2×半径×π(3.14…)=2πとなりますから、たとえば、半円周はπ、4分の1円周はπ/2、6分の1円周はπ/6ということになります。
        

 すなわち、このルールに従うと、従来の角度360度を2π(6.282…)、180度をπ(3.14…)、90度をπ/2(1.57…)、60度をπ/6(0.523…)といったように、長さで角度を表わすことができることになります。現在では当たり前のように使われている弧度法ですが、よくよく考えてみると、なんとも巧妙な角度の約束を発案したものだという気がします。弧度法というこの新たな角度の登場によって、角度を表わす横軸のほうも縦軸同様に実数目盛りをもてることになったわけですから、各種の三角関数やそのグラフはいっきに実用性の高いものになったのです。数学の分野はいうに及ばず、現代科学の全分野において、三角関数やそのグラフなどが不可欠な存在となったのは、弧度法(ラジアン)が発明されたお蔭だと言ってもよいのではないでしょうか。
                                   (ほんだ・しげちか)



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