科学・教育雑想コーナー 連載第18回/2004年2月12日
フラクタル理論の話(3) 
 <フラクタルとは何か?>
 フラクタル理論の提唱者マンデルブローは、「フラクタル」という言葉について、ラテン語の形容詞「FRUCTUS」をもとにした自らの造語であると述べています。「FRUCTUS」の動詞形は「FRANGERE」で、この言葉は「秩序をやぶる」というような意味をもっています。したがって、「フラクタル理論」という呼称には、「無秩序なものを生み出す理論」、あるいは、「不規則性を扱う理論」とでもいったような含みもあると考えてもらってよいでしょう。
 不規則な数列は一般に乱数と呼ばれています。たとえば円周率πなどの値は一種の乱数だと考えられています。しかしながら、乱数の定義をしようとした途端に数学者は皆困惑してしまいます。「乱数列とは規則的な数列でない数列である」としか定義しようがないからなのですが、よく考えてみますと、この定義は「AはAである」というトートロジー(同語反復)以外のなにものでもないからです。単に「乱数は乱数である」と述べているだけのことだからです。
 逆に規則的な数列を定義しようとしても、これまた同様の困難に陥ってしまいます。そもそも、「規則的である」とはどういうことかということが、深く考えていけばいくほどよくわからなくなってくるからです。もちろん、「規則的とは不規則的でないことである」などとやったのでは話になりません。ある長い数列の一部に1から1000までの数が順に並んでいたとしても、その数列全体から見れば不規則だとも考えられるでしょうし、314159265というような数列も、このパターンが繰り返し現われたりするようですと規則的だと感じられるようになってくるものです。
 それではというわけで、「乱数列とはその一般項Anを An=f(n){nは自然数} としては表わすことのできない数列である」といったようなもっともらしい定義をしてみても、実のところは、それもまた前述したトートロジーから一歩たりとも出てはいないのです。また、「規則的である」ということに関しても、「1・2・3・4・5」と「2・2・2・2・2」という二つの数列のうち、どちらがより規則的であるかなどと問われても、断定的に答えることはできそうにありません。
 要するに、ある数列を規則的と見なすか不規則的と見なすかは、その数列を認識する側の基準や次元の選択と視座のとりかたに応じて決まるものなのです。極論すれば、通常規則的だと見なされている「1・2・3・4・5……」といった数列を含め、すべての数列はそれ自体としては規則的でも不規則的でもないと言えるのです。その気になれば、一般に規則的だと思われている数列を組み合わせて不規則に見える数列をつくりだすこともできますし、不規則な数列だと見なされているものをもとにして規則的に見える数列をつくりだすこともできるのです。
 一見して無秩序で不規則に思われる自然界の諸事象の構造にも、実際にはこれと同様のことが当てはまります。不規則な雲の輪郭、自然石の表面の非関数的な曲面やその不規則な立体構造、さらには複雑このうえない山肌の凹凸の有様などを微視的な方向へとむかって観察を続けていけば、どこかの段階でかなり規則的な(すなわち、人間の一般的な認識次元と認識様態からして整合的な)面群や線群、凹凸などが現われます。さらにそれら個々の面や線、凹凸などをいっそう微視的な方向へと分析していくと、再び不規則な面群や線群、凹凸などが姿を現わしてきます。そして微視的な方向へとむかって同様のことが際限なく繰り返されていくのです。
 こうしてみると、ある微視的な段階の規則的な線や面や凹凸を基本図形あるいは基本構造に選び、それらを組み合わせることによってより巨視的な段階の不規則な線や面や凹凸を表現しようという試みには、それなりの妥当性があるとも考えることができるでしょう。
しかも、多くの場合、こうして組み立てられる全体的構造のなかにはスケール(縮尺)が異なるだけで極めて類似性の高い構造(必ずしも相似ではないため、構造的な類似性を重要視するトポロジカルな見地から「自己相同牲」と呼ばれている)が何度も何度も立ち現われてくるという特徴があります。
 ただ、マンデルブローの描くフラクタル理論の全構想からすれば、そのような意味での「乱れの構造」はほんの一端にすぎません。そのためもあって、彼は、この自己相同牲を基盤にした不規則性へのアプローチを、とくに「スケーリング・フラクタル(Scaling fractal)」と名づけています。それは、「規則性のある無秩序性」、あるいは、「秩序ある乱れ」とでもいったような、極めて微妙な意味合いをもつ言葉として定義されているようです。「スケーリングという言葉は秩序性への指向を意味する表現で、そのいっぽう、フラクタルという言葉は整合的な線や面からの離脱を指向する意味をもつ」と彼が述べていることからもそのことはうなずけます。
 たとえば、空の雲の輪郭や複雑な入江をもつ海岸線は乱れをみせてはいるものの、その乱れの様相は雲とか海岸線とかいった「類概念」を我々の認識の中に生み出すような、一定限界内の乱れになお留まっています。また、個々の自然石の表面を形成する曲面群の乱れはけっして同じではありませんし、山肌の凹凸の様態は千差万別でありますけれども、そこにはなお、自然石や山肌という概念につながる共通性、すなわち秩序が存在しています。それはまた、100個の数の並び方のうち、ごく一部の数の配列だけが相互に異なる何種類かの乱数列を類似的とみなすことにも通じるものがあると言ってよいでしょう。
 これらの例に見られる秩序性あるいは相同牲は、「統計的自己相同牲」とでも名づけられるべきものかもしれません。フラクタル理論が登場した直後、コンピュータ・グラフィックスの世界で脚光を浴び、今日に至るまで最先端を行くCG技術を支えているのは、このスケーリング・フラクタルの考え方なのです。
 次に、より包括的な意味をもつフラクタルの概念についてすこしだけ触れてみたいと思います。実数座標軸を複数本有する空間はユークリッド等方空間と呼ばれます。この空間では長さや量の概念が意味をもち、合同図形や相似図形が定義され、実際存在もしています。このn本(n=1,2,3,4,5……)の等方座標軸(互いに直交するそれぞれの整数本の座標軸の目盛間隔もすべて一定)をもつ空間を当面「ユークリッド次元の空間」と呼んでみることにしましょう。
 つづいて、n本(n=1,2,3,4,5……)の複数座標軸を有してはいるが、個々の座標軸の目盛が各軸間でも、さらには同一座標軸上においても均一でないような歪んだ非等方的な空間を「トポロジー次元の空間(位相空間)」と名づけてみることにしましょう。この空間では絶対的な長さや量の概念は失われ、相同牲は定義できるものの、合同や相似といった概念は存在しなくなってしまいます。このトポロジー空間は、その中にある点群や面群の位置とそれらの本質的な構造関係だけが意味を有する奇妙な世界です。話が面倒になるので詳しい説明は省きますが、その世界では、コップ、湯呑茶碗、皿、立方体、直方体、三角錐、円錐などはいずれも球と同じ仲間だ(球と相同である)とみなしたりもします。
 最後に、ハウスドルフ・ヴェスコーヴィッチ次元という超トポロジー空間を想定してみることにしましょう。この次元の空間は、直感的に認識されるしかないはなはだ難解な、しかし、マンデルブローによれば「無限の可能性を秘めた空間」だということなのです。カントールが提唱した「超限数の概念」やペアノの「空間を埋めつくす連続曲線(ペアノ・カーブ)」の概念に端を発するこの超越的次元の空間概念の特徴は、トポロジー次元の空間の次元数を整数にとどめず、超限数を含めたすべての数にまで拡張していくところにあるのです。次元そのものを連続的に考えるため、たとえば、1.2618次元とか、2.7634次元とかいったような奇妙な次元の超トポロジー空間などが出現することになってきます。
 ただ、このような空間(集合)を厳密に論述できるような数学的記述法はいまのところ存在していません。マンデルブローは対数を用いた次元記述法などを提示し、それによって理論の展開を試みていますが、まだまだそれは完全なものではありません。したがって、そのような異質な次元の空間内で起こるであろうできごとの研究や意味づけはなおこれからの課題であると言ってよいでしょう。
 ユークリッド次元から眺めれば、トポロジー次元でのできごとは「乱れ」と映ります。そして、トポロジー次元から眺めれば、ハウスドルフ・ヴェスコーヴィッチ次元でのできごとは文字通り「無秩序」なものにしか見えないに相違ありません。さらに、ユークリッド次元からハウスドルフ・ヴェスコーヴィッチ次元のできごとを眺めると、それはもう大混乱以外のなにものでもないということになってきます。
 マンデルブローは、「無秩序性」、すなわち、「フラクタル」という概念を、前述したような「次元の連続性ないしは階層性の差異のゆえに生じる相対的異質性」として定義づけようとしているかのように思われます。「フラクタル(無秩序)とは、その集合(空間)を叙述する際、ハウスドルフ・ヴェスコーヴィッチ次元が厳密な意味でトポロジー次元を超越するような集合と定義される」と彼は述べてもいるからです。         (ほんだ・しげちか)


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