科学・教育雑想コーナー 連載第16回/2004年1月16日
フラクタル理論の話(1) 
 <フォトニック・フラクタル>
 1月7日付けの朝日新聞朝刊一面トップに、信州大、大阪大、物質材料研究機構の共同研究によって、フォトニック・フラクタルと呼ばれる新技術が開発されたとの記事が「電磁波蓄える宝箱」という大見出しつきで掲載されていました。酸化チタン系の微粒子を混ぜたエポキシ樹脂を用いて各面に大小多数の正方形の穴のあいたフラクタル構造の立方体をつくると、その立体の中心部の空洞に高周波の電磁波を蓄積することができるというのです。
 通常の光なども電磁波の一種ですから、将来研究開発が進めば昼間蓄えた太陽光などを夜間に放出させる「光池」などを生み出したりすることも可能になるわけです。「光池」という耳なれない言葉は、電気を蓄積する「電池」のイメージに対応して考え出された造語にほかなりません。このフォトニック・フラクタル技術によってもしも大容量の「光池」が生産されるようなことになれば、一大エネルギー革命が起こることは間違いないでしょう。クリーンエネルギーの見本みたいな技術なので、環境問題、とくに公害問題などにおいて、またとない救世主となることは請け合いです。
 空中には絶え間なく膨大なエネルギー量の電磁波が飛び交っていますから、それらの電磁波を蓄積したフォトニック・フラクタルを電源にして、携帯電話や携帯用パソコンなどをはじめとする各種電気機器を作動させることも夢ではなくなるに相違ありません。電力を供給するためのコード類などもほとんど不要になるわけですから、私たちの生活環境は驚異的なまでに変化してしまうことでしょう。
 まだその特異な性質が発見されたばかりのこともあって、現在実験的に用いられているフォトニック・フラクタルの場合、蓄積された電磁波を内部にとどめることができるのは一千万分の一秒というきわめて短い時間に限られているようです。けれども、一千万分の一秒の時間があれば現在のスーパーコンピュータでも数万回の演算をおこなうことができるそうですから、技術水準が上がればコンピュータ関連機器全般への応用も十分に可能なことでしょう。
 一口に述べますと、フラクタル構造とは全体の構造と細部の構造とが、スケール(縮尺)の違いはあっても、何層にもわたって幾何学的な相似形(あるいは相同形)になっている構造のことをいうのです。べつの言い方をすれば、同一の基本図形や基本構造が縮尺を変えながら繰り返し繰り返し立ち現れる特別な構造のことを意味しています。基本となる小さなモナ・リザの絵を多数組み合わせてもとの絵とまったく同じ図柄のモナ・リザの絵を描き、さらにその新たなモナ・リザの絵を多数組み合わせることによってより大きなモナ・リザの絵を描く、そして、同様の描画作業をそのあとも何階層にもわたって重ね繰り返していく――大雑把ではありますけれども、わかりやすい比喩を用いると、フラクタル構造とはそのようにして形成される反復多重構造体のことをいうのです。
 例にあげたモナ・リザの図柄の場合は平面的ですが、もとになる基本図形をある立体に設定し、その基本立体を多数組み合わせて三次元的なフラクタル構造を構築することはもちろん可能なわけなのです。今回開発されたフォトニック・フラクタルなどはその好例であるといってもよいでしょう。
「フォトニック」、すなわち、「光の」という意味をもつ言葉を冠して命名されたこのフォトニック・フラクタルという立方体様三次元体の基本図形は、立方体の各面の中央に、もとの立方体の面を三分の一に縮小した大きさの正方形の穴をあけた立体です。近々、このフォトニック・フラクタルの発見に関する論文が米国の物理学専門誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に掲載される予定だとのことですが、フォトニック・フラクタルが高周波の電磁波を反射も透過もさせず、内部に蓄積することができるメカニズムはなお未解明の問題であるようです。一部には世紀の大発見で、実用研究が進めば、将来ノーべル賞の授与対象にもなるかもしれないという声さえもあがっているくらいで、その原理の解明とその応用研究開発とが今後大いに期待されるところです。

 ところで「フラクタル」という言葉の出てくるこの新技術についての記事を読み進むうちに、私はとても懐かしい気持ちになったようなわけでした。フラクタルあるいはフラクタル理論という言葉が日本に上陸し、コンピュータ・グラフィックスの世界を中心にして大流行をきたしたのは1980年代初めのことだったのですが、その時代、私はコンピュータ教育がらみの仕事の一環としてフラクタル理論の研究と紹介に携わってもいたからです。私自身はもともとほかに研究テーマをもっており、フラクタル理論をとくに専門としていたわけではなかったのですが、数学の世界とコンピュータ・テクノロジーの世界の双方にある程度まで通じる人材が国内にはまだ少なかったこともあって、かならずしも本意ではなかったのですが、成り行き上そんなことになってしまっていたのです。
 その当時、「MICRO(マイクロ)」という内容的にもたいへん優れたコンピュータ月刊誌が刊行されていたのですが、そのMICRO誌上において、私はフラクタル理論の紹介記事をたびたび執筆するかたわら、同理論を応用したソフトウエアの試作と開発をおこない、同誌の読者に提供したりもしていました。また、そのころはまだ健在だった朝日新聞社発行の「科学朝日」誌においても、フラクタル理論を用いたコンピュータ・グラフィックスの原理とその論理的背景についての解説記事や自作の応用ソフトの紹介記事などを連載していました。それらの記事の中でも、1984年4月号のMICRO誌の巻頭を飾った「フラクタル序説」という一文は、幸いにして読者の方々の間で大好評を博しもしたものです。この号に関しては、表紙絵の中央にある五角形をベースにしたフラクタル図形のデザインとその描画のためのプログラミングも自らの手でおこなうというおまけまでついていました。
 その時から二十余年の歳月が流れるなかで、フラクタル理論は一部の専門家たちの研究を通じて複雑系の理論と呼ばれるものへと発展を遂げていくことになったのですが、その反面、一般の人々からばかりでなく他の研究分野の研究者たちからもその存在は忘れ去られるようになり、近年では科学界の話題の片隅にさえものぼることのない有様になっていました。私自身もとっくにその領域の研究からは手をひいてしまい、しかも、その後はすっかり方向転換をして雑文ライター業に専念するようになりましたから、近年では「フラクタル」の「フ」の字さえも口にすることがなくなっていました。そのようなわけですから、「フォトニック・フラクタル」という新技術についての新聞記事を目にしたとき、当時のことを懐かしく想い起こし、ついつい深い感慨に耽ったというような次第なのです。
 偶然といえば偶然にすぎないことなのですが、このようなめぐりあわせもまた気まぐれな運命のなせる業のひとつかと感じたりもしています。ただ、それなりにはよいきっかけでもありますから、これまでフラクタルという言葉にあまり馴染みのなかった方々のために、フラクタル理論の世界とフラクタル構造というものについて、できるだけわかりやすい解説を試みてみようと思い立ちました。フラクタル幾何学やフラクタル理論はもともと高度な数式と特殊なプログラミング言語で記述されていますから、やさしくとはいってもその作業にはおのずから限界が伴いはします。
 さらにまた、今回開発されたフォトニック・フラクタルそのものが電磁波に対してもつ物理的性質はもとより私の専門とするところではありませんし、なによりもまずフォトニック・フラクタルの開発者たちでさえ、目下のところなぜそのようなことが起こるのか解明できないでいる状況なのですから、これから述べる話が、数学的な意味でのフラクタル理論の初歩的な解説や、フラクタル構造をもつ世界の原理的あるいは基本的な説明にかぎられるのはやむをえないと考えています。そのことを承知くださったうえで拙文にお付き合い願えるようでしたら幸いです。(つづく)
                                   (ほんだ・しげちか)


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