科学・教育雑想コーナー 連載第15回/2003年12月26日
最強重力レンズの発見について 
 12月1日に出版した『図説・宇宙科学発展史』(工学図書)のなかで重力レンズやクエーサー、超銀河団、グレート・アトラクタなどの話題をとりあげたのですが、先日たまたま、それらの問題に関係する新たな発見があったという報道がなされました。東京大学の大学院博士課程で宇宙論を専攻する稲田直久さんと大栗真宗さんが、過去に発見されたいずれの重力レンズよりもはるかに強力な重力レンズを発見したというのです。そして、その発見に関するレポートは2003年12月18日発行の英国科学誌ネイチャーに掲載されたということなのです。この新発見の重力レンズは、光の曲がり具合がこれまで最強だった重力レンズの2.3倍にもおよぶきわめて強力なものであるようです。大変興味深い発見ではあるのですが、重力レンズがどういうものかご存じない方も多いことでしょうから、まずはなるべくやさしくその原理を解説してみることにしましょう。
 私たちが通常慣れ親しんでいる各種のレンズは、相接する二種類の透明な物質の密度の相違のためにそれら二種類の物質の境界面を透過する光が屈折する原理を応用してつくられたものです。ガラス製(あるいは特殊樹脂製)の通常レンズの場合には大気とガラス(特殊樹脂)との接触境界面(レンズの球面)で屈折をおこした光が、焦点や結像点に集まるようになっているわけです。ある物体をレンズごしに見るとその実像や虚像が浮かび上がるのはむろんそんな光の性質のためです。
 レンズの作用原理である光の屈折現象をより体感的に知るためには、昔からよくおこなわれている簡単な実験をおこなってみるとよいでしょう。まず、空のご飯茶碗の底に一個コインを入れて中のコインが茶碗の縁の内側に隠れて見えなくなるまで視線を低くします。そして、そのままの状態で徐々にお茶碗に水を注いでいくと、コインがだんだんと浮き上がってきて再び目に見えるようになってきます。
 その理由は、水が注ぎ込まれるにつれて、茶碗内の水底にあるコインの表面から出た光が、水面、すなわち、相対的に密度の高い水と相対的に密度の低い大気との接触面を透過する際に水面寄りに屈折するため、視点と光の屈折点とを結ぶ直線の延長方向上にコインが浮かび上がって見えるようになるからです。水が入っていないときには実験者の目の位置より上方に抜けていた光の一部が、水が入ることによって適度な屈折をおこしたため目のある位置に届くようになった結果、そのようなことがおこるのです。
 さて、いっぽうの重力レンズなのですが、こにらのほうはおなじレンズとはいっても通常のレンズとはまるで似て非なるものです。どちらの場合も光が曲がることにはかわりないのですが、重力レンズと呼ばれる宇宙現象の場合には光が屈折をおこすわけではありません。ほとんど真空に近い状態にある宇宙空間内を通過するだけで光が曲がるとすれば、それは通常の屈折によるものではなく、まったくべつのメカニズムによるものであると考えるしかありません。
 かつてアインシュタインは有名な一般相対性理論を提唱し、その理論にしたがえば、巨大な重力源が存在するときにはその周辺を通過する光は大きな重力の影響を受けて重力源方向に引き寄せられ、その結果、光の進路が曲げられてしまうこともあると考えました。アインシュタイン自身は当初その存在を予想してはいませんでしたが、一般相対性理論にある運動方程式の発展研究を進めていたカール・シュワルツシルトは、巨大重力源によって光が曲げられるという現象がより特異化した場合には、光さえも吸い込んでしまうブラックホールというものになってしまうことを発見しました。
 実をいうと、重力レンズとは巨大な重力のはたらきによって光が曲げられることによっておこる特殊な宇宙現象のことにほかならないのです。重力レンズと呼ばれる現象も、ブラックホールとして広く知られるようになった特異点の存在も、アインシュタインの一般相対性理論の正しさを証明する宇宙現象として大きく注目されるようになりました。実際、これまでにいくつもの重力レンズやブラックホールの存在が確認されてきています。
 いま宇宙のあるところに大銀河団(多数の銀河の集合体)や超銀河団(多数の大銀河の集合体)のような超巨大質量をもつ大重力源があって、そのさらにずっとむこうがわに強力な光やエネルギーを発するクエーサー(準恒星状天体)があったとしてみましょう。ちなみに述べておくと、クエーサーとは宇宙誕生から10億年ほどして生まれた宇宙初期の天体です。それらのほとんどは135億光年前後ともいわれる宇宙の端にかなり近いところにありながら、激しい活動を続け、通常銀河の1万倍もの明るさで輝き、光よりも高いエネルギーをもつ強力な紫外線やX線を大量に放射しています。クエーサーの正体は異常に大きなエネルギーをもつガス星雲から誕生した「銀河の中心核」で、一般に遠いところの天体ほど宇宙の過去の姿をとどめていますから、それらは銀河の若い頃の姿なのではないかと考えられてもいます。
 ところで、大銀河団や超銀河団などのような超巨大重力源のむこうがわにあるクエーサーの発する光や紫外線、X線などのうち、地球方向へと直進するものは巨大重力源に遮蔽あるいは吸収されて地球まで届きません。また地球とは異なる方向へとむかう光や紫外線、X線などは本来なら宇宙空間をそのまま直進するはずですから、やはり地球から観測することはできません。したがって、そのようなクエーサーを我々地球人は見ることができないはずなのです。
 ところが、かつて一般相対性理論によって予想されたように、クエーサーから発せられた光のうち前述したような巨大重力源の周辺を通過する光は、重力の影響をうけて進路を大きく曲げられ、その結果として本来なら届くはずのない地球に到達するということがおこるのです。その場合、クエーサーは本来それが位置するところにではなく、地球とクエーサーからでた光が曲げられた地点とを結ぶ直線の延長方向に位置しているように見えることになります。それは、巨大重力が凸レンズと同様の役割を果たすことによって生じる現象であるために「重力レンズ」と呼ばれるようになったのです。原理はまったく違いますが、結果としておこる現象はお茶碗の底にコインを入れてあとから水を注ぐ実験の場合と類似しているといってよいでしょう。
 ただ、巨大重力のはたらきで本来見えるはずのないクエーサーの光やエネルギーが観測されたとしても、そんなクエーサーが一個だけ発見された段階では、重力レンズの存在は確認できません。それだけでは、そのクエーサーの発する光やエネルギーがそのまま直進して地球に届いているのか、それとも巨大重力の影響で進路を曲げられてしまったためにたまたま地球に届いたものなのかが現実には判別不可能だからです。重力レンズの存在を確認するには同一クエーサーの像が別々の方向に別々のものとして最低2個以上観測されなければなりません。おなじクエーサーの像が異なる位置と方向に2個以上観測されてはじめて、巨大重力源の存在のために光が曲げられていると結論づけることができるのです。
 新重力レンズの発見者である稲田直久さんと大栗真宗さんは約3万個にものぼるクエーサーを丹念かつ辛抱強く分析調査し、こしじ座の方向98億光年ほどはなれたところに位置する別々の4個のクエーサーが実は同一クエーサーであることを検証しました。すばる望遠鏡で撮影された写真を見ると、確かに4個のクエーサーが互いに離れた別々の場所で白く明るく輝いているのです。それらの光の成分や活動周期その他を厳密に分析比較することによって、それら4個のクエーサーが同一のものであることが検証され、その結果、過去最強の重力レンズの存在が確認されたというわけです。
 得られたデータから計算すると、巨大重力源となっている銀河団は地球から約68億光年離れたところに位置しており、その全質量は太陽の300兆倍というとてつもなく大きなものであるようです。我々の属する銀河系は太陽みたいな恒星がすくなくとも2000億個ほど集まってできていると推定されています。それをもとに概算しますと、この巨大銀河団はおよそ1500個もの銀河が寄り集まって構成されていることになります。なんとも気の遠くなるような話ではありますが、この小さな地球上にありながらも、そんな途方もない宇宙の姿を認識することができるようになった人類の英知というものはけっして捨てたものではないでしょう。
                                   (ほんだ・しげちか)


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