科学・教育雑想コーナー 連載第11回/2003年10月22日
コンピュータサイエンスから見た人間の脳 C 
 「脳は意欲で働くバイオコンピュータだ」ということに関して、松本元さんから伺った話はなんとも心に残るものでした。松本さんは研究のためMITなどにも行っておられた関係で、向こうでも同様の事例報告を度々ご覧になっていたようなのですが、ご自分の実体験談として、次のような興味深い事例を話してくださったことがあります。ちなみに述べておきますと、たいへん残念なことなのですが、松本さんは今年の3月9日に急逝されてしまいました。したがってもう二度と直にそのお話を伺うことはできなくなりました。
 日本生物物理学会長も務めておられた松本元さんは、とても謙虚で穏やかなお人柄で、研究者のお手本みたいな方でした。ある時二人だけで駅への道を歩く機会があったので、「日本における脳の機能の先駆的研究では松本さんと伊藤さんが最高権威であられるはずなのに、一般の人々はそんなことほとんど知りませんよね。マスメディアなどでは、脳の専門家ということになると、しばしば別筋の方々が登場し松本さんらの業績をもとに面白可笑しく話をしたり執筆したりしていますね。べつに気にはなったりはしませんか?」と意地悪な質問をしてみたことがありました。すると松本さんは、即座に、「研究者は純粋に専門研究だけを通して専門家の世界で正当に評価されるのが最高の栄誉ですから、マスメディアの世界で自分の名が知られていなくてもそんなことは全く気になりません」と答えてくださったものでした。
 その松本さんがまだ筑波の工業技術院電気総合研究所に勤務なさっておられた頃のことですが、親しい知人のお子さんで当時筑波大学付属高等学校に通っていた生徒が交通事故に遭い、右脳をひどく損傷し集中治療室にかつぎ込まれたのだそうです。瞳孔も開いており、気管を切開して酸素を送る状態で、右脳が完全にやられていたため、医者からは、そのまま植物人間になる可能性が高く、たとえ意識が回復しても半身不随の状態になってしまうでしょうと冷たく宣告されたのだそうです。
 松本さんは絶望の淵に追い込まれたご両親からすぐにその状況についての報告を受けました。ところが、MITで研究していたときに脳の損傷者が奇跡的に復活した事例をたくさんみていた松本さんには、一瞬閃くものがあったそうなのです。そこで、そのご両親に向かって、「たとえ医者が何と言っていようとも、ここは騙されたと思って自分の話を聞いてほしい。脳というものは損傷を被ったあと、すぐその場で刺激を与えずにそのまま放っておくと回復不能になってしまう。たとえ意識不明だろうが何だろうが、手足を擦ったり語りかけたりしながら、心からの愛情と思いを込めて、息子さんがどんなに自分たちにとって大切な存在であるのかを伝えるようにしなさい。死んでしまっているように見えても、脳細胞は必ず見えないところで活性反応を持続しているはずだから、そうやって脳に刺激を与え続けていれば、回復の可能性は十分にあると思う」と伝えたのだそうです。
 医者のほうは「そんなことをやっても無駄ですよ」と言ったらしいのですが、そのご両親は松本さんの指示に従い、けっして諦めることなく、三ヶ月近くもの間、植物人間状態にある我が子の身体を撫で擦り刺激を与え続けたというのです。松元さんはニューラルネットワークの研究を通して、人間の脳細胞というのは他の部分の細胞と違って代替復元力が強いことを知っていました。脳細胞だけは、原形質のアメーバみたいに非常に強い復元力を持っているうえに、未使用のまま余分に残されている組織部分に損傷部を代替する機能が再生されるらしいのです。医学的に見て完全に証明されているわけではないのですけれども、大脳にも小脳にも未使用領域がたくさんあることも一因となって、脳だけは不慮の事態や急な状況の変化に対する適応能力がきわめて高いようなのです。
 松本さんの言葉通り、やがて奇跡が起こりました。三ヶ月後にその高校生の意識が突然回復したのです。医者の反対を押し切って右脳が欠損している状態のまま筋肉トレーニングを開始、そしてなんと7か月後には歩行ができるようになったというのです。医者は、医学的に考えてそんな馬鹿なことはあり得ないと主張し、再度脳の断層写真を撮影したのだそうですが、やはり右脳は欠落したままの状態でした。そうなった理由を完璧に説明することは難しいことなのですが、おそらく左脳のどこかが代替機能をしているに相違ないということのようです。またシミュレート機能をもつ小脳も残っていることですから、こちらのほうもまた重要な役割を果たしているに違いありません。とにかく人間の脳というものはそれほどに不思議な存在なのです。
 なお、この話には後日談があるのです。その高校生は元気になってまた学校に通いはじめたのですが、担任の教師が、「聞くところによると君の右脳は欠損しているそうだね。ここは受験校なので相当に大変だから、君はあんまり無理はしなくてもいいよ」という、不用意な一言を吐いたのだそうです。ところがその言葉を聞いた直後から、またその生徒の左半身がぴたりと動かなくなってしまったというのです。松本さんらが、「君は学校にとっても社会にとっても重要な存在価値があるんだよ」ということを繰り返し繰り返し切々と語りかけ続けたところ、ようやくもと通りに身体が機能するようになったのだそうですが、なんと元に戻るのにまた三ヶ月ほどもかかったとのことでした。現在は普通の人と同じように日常生活を送っているそうですが、この話などは本当に驚嘆に値することだと思います。
 脳の機能と創造力の関係についても興味深いレポートがなされています。ある人に創造力があるか否かは、もって生まれた創造力に関わる部分の神経細胞を使うかどうかにかかっており、後天的な社会環境による影響が大きいというのです。人間というものはなんとも厄介なもので、創造的、個性的でありすぎると社会的協調性を失ってしまうし、社会的協調性をもちすぎると創造性や個性のほうが失われてしまいます。両方をバランスよくというのは言葉上はやさしいことなのですし、むろん理想的でもあるのですが、研究によって次第に明らかになってきた脳回路の構造上の特性からすると、相反するそれら二つのものを同時に実現するのはたいへん難しいことのようなのです。

 脳の不思議さを伝える松本さんの話には次のようなものもありました。ボストンにいわゆる知的障害のあるお子さんがいたそうなのですが、奇妙なことにこのお子さんは暦算の天才だったらしいのです。他の点では知的に立ち遅れているのに、複雑なカレンダー算だけがなぜ正確にできるんだろうと学者の間で話題になりました。そこはアメリカのこと、三年の歳月と相当な研究費をかけ、MITの教授と大学院生とがプロジェクトチームを組んでその謎の解明に取り組んだのでした。
 結局はその謎を解明できずに研究そのものは失敗に終わったのですが、研究に携わっていた大学院生の一人が、プロジェクトが終了する前後になってなぜか突然に暦算ができるようになったというのです。それを知った教授はたいへん喜んで、その学生なら歴算を行なう場合の思考プロセスをいますぐにも明快に説明できるだろうと期待したのですが、当の大学院生本人は、なぜ自分にカレンダー算ができるのかどうしてもよくわからないということだったのです。結局、謎は未解明のままに終わってしまいました。
 まるで「信ずれば成る」という格言を地でいくみたいな話なのですが、人間の脳には、何事かをできるようにならなければならないと強く意識すると、その思いになんとか対応しようとする特殊なメカニズムが隠されているようなのです。要請に応じるために複雑なシナプス結合が新たに生じでもするのでしょうか。ちょっと神秘的な話にも思われるのですが、難題を処理する必要に迫られて、それが可能だと自己暗示をかけたりするのは、むろん一定の限界はあるにしても、どうやらそれなりに意味のあることらしいのです。
 例えば数学の研究には閃きが必要だといわれますが、なんにもしないでいるのにいきなり閃きが生じてくるわけではありません。閃きが起こるまでには苦しい思考の連続が必要なのです。そうしているうちにチャレンジングな思考回路がしっかりと形成され、多分小脳にまでその影響が及び、そうなって初めて無意識のうちに閃きが出てくるようになるのでしょう。「信ずれば成る」というと何やら宗教がかった響きがあってちょっと戸惑いを覚えるのですが、まったく意味がないことではないのかもしれません。

 フレーム問題とは、人間の脳に似た仕組みを工学的につくろうとする際に必要な主要構造の策定のことですが、この問題を解決することは容易ではありません。脳科学はまだはじまったばかりにすぎないのですから、未解明のことばかりです。先端研究に関わる脳科学者やコンピュータサイエンティスト達は、人間の脳のもつ能力がいかに凄いか、その機能がいかに神秘的かということを痛感させられているのです。
 脳研究の工学的な面からのアプローチの一つとして、最近、光トポグラフィという特殊技術が開発され、脳の各部の機能や連合性、連想性などに関する探究も相当に進んできました。光トポグラフィは、人間の脳の立体構造図(三次元ネットワーク・モデル図)をコンピュータ画面上に立体的に表示し、被験者の頭部表皮に着けた多数の特殊センサーからデータを集め、脳のどの部分がどのくらい強い活性反応を起こしているかをリアルタイムで調べることができる技術です。被験者にある問題を考えてもらったり、なにか特別な作業をしてもらったりしながら、この光トポグラフィで脳のどの部分がどの程度活性を示すかを調べれば、脳の連合性や連想作用の生じるメカニズムの一端を垣間見ることができるというわけなのです。
 いささか余談になりますが、この脳の連想作用を活用することは重要だということの一例として、日記の効用というものについて学生たちに話すことがよくあります。私は長い日記はつけないのですが、若い頃から簡単な当用日記をつけてきました。それも毎日書くのではなく、一、二週間に一回ぐらい日記帳を開いて重要な出来事のあった日のページのところだけにごく簡単な書き込みをします。
 日記というものは他人の目を意識し格好よく書こうと思ったりすると、虚偽の記述を残す結果に終わってしまったりして結局ろくなことにはなりません。だから、連想を呼び起こすようなキーワードを一言だけ記入しておくのです。その一言が残っていさえすれば、ずっとあとになっても、その言葉が糸口になってすっかり忘れていた記憶がありありと甦ってくるわけです。この歳になって昔の日記帳を開いたりすると、「エェーッ、こんなことがあったのか! そういえば……」といった具合に、遠い日の想い出などが記憶の地層の底から甦ってくることも少なくありません。
 ですから折々学生たちに向かって、「君たちは若いから、恋愛をはじめとし、これからいろいろな出来事に遭遇していくことになるよね。余計なことを言うようだけど、それらについて自分だけにわかる短いキーワードくらいは残しておいたほうがいいと思うよ。もちろん、一部始終を正直に書き残す必要なんかないけれどね。やがて君たちが歳をとったときでも、そのキーワードを目にしさえすれば、すぐにも連想力が働いて懐かしい記憶が次々に甦ってくるだろうよ。ただ、もしもそういった準備がなかったら、過去の人生のかなりの部分が空白だけのものになってしまうことだろう。それじゃ折角の人生をドブに捨てるようなものだからね。日記の効用はそのへんにあるんだよ」と語りかけたりもするのです。きどって日記に名文を書き残しておけとかいうようなことではなく、先々必要なときに昔のことを想い出すためにも、若いうちに人間の脳の特異な連想性を生かす工夫をしておけとアドバイスしているわけなのです。
 人間の脳には扁桃体と呼ばれる部分があるのですが、この扁桃体は好き嫌いを判断決定する機能を有しているのだそうで、「愛する」という人間の感情の原点はここに求めることができると考えられています。この部分の細胞が活性化するとドーパミンという脳内物質が放出され、それによってまず視床下部というところが刺激されます。性欲や食欲の直接的な発生源はこの視床下部であるということも明らかになっています。ドーパミンはそのあとさらにA10神経と呼ばれる神経中を流れて脳内各所に興奮を惹き起こし、続いてその興奮の感覚が全身の様々な部分に伝達されるというのが、おおまかな脳システムの働きのようなのです。
 人間の心身を高揚させるのにきわめて大きな役割をもつドーパミンは麻薬などを投与したときも大量に放出されるのですが、それがあまりにも常軌を逸した量であるために一時的に異常な興奮状態に陥った脳は、やがてその負荷に耐えかね正常な機能を喪失してしまうのです。ドーパミンのオーバーフローによってニューロンのネットワークがずたずたになってしまい、より大きなドーパミンのオーバーフローなしには脳が機能しなくなるという悪循環が続き、やがて人格が破壊されていくことはいまさら言うまでもありません。
 ずいぶん以前のことですが、特攻隊基地のあった鹿児島県の知覧で特攻に出撃する航空兵の医療管理をしていたことがあるという人物に出会ったことがあります。その人は当時のことを回想しながら、「一般の人々の間では、特別攻撃隊の航空兵たちは厳しい精神訓練だけによって祖国のため天皇のために死んでいくように教育されたと思われているようですが、実際にはそれだけではありませんでした。特攻出撃の時期が迫ると、精神を高揚させるために麻薬の投与もしたのです」と話してもくれました。最早その裏話の真偽を確かめるすべはないのですが、実際その通りだったのでしょう。
 脳科学が進歩するのはよいことなのですが、そこから生まれる技術の是非を常に社会全体の問題と絡めて判断することだけは忘れてはなりません。認知科学やコンピュータサイエンスの先端研究者は皆、精緻かつ絶妙な構造をもつ人間という存在の奥深さをあらためて実感しているところです。いずれにしろ、その研究分野の前途はきわめて多難であろうと想像されますが、あくなきチャレンジ精神をもつ人類は、何重にも聳え立つその厚い壁に向かってなお挑み続けていくことでしょう。
                                   (ほんだ・しげちか)


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