科学・教育雑想コーナー 連載第10回/2003年10月8日
コンピュータサイエンスから見た人間の脳 B 
 脳は非線形型バイオコンピュータだといわれます。非線形型とは、「一定の方向性を持つ単一の論理では説明できないような構造をもつもの」といったような意味であると考えてもらえばよいでしょう。数学的には線形とはある要素の集団の特性を平均すると一定の規則性を示すようなケースのことを意味しています。逆に、非線形とは、そういう一定の規則性だけでは単純に説明できないような特性をもつケースを意味します。
 情報の処理というと、俗にいう要素還元的方法、なかでも典型的なデジタル思考を我々はすぐに想い浮かべがちなものです。よく知られているように物事の全体を細分化して個々の断片の特性を詳細にしらべ、それらをもう一度組み合わせることによって全体像を浮かび上がらせるのがデジタル手法の特徴なのですが、それだけですと得られる処理結果にはやはり限界が伴うのが普通です。そんなわけですから、人間の脳の各部分は、それぞれの機能を持つと同時に、他の部分との間で、これまでの科学技術では解明できないような複雑に交錯した総合的な情報の交換を行なっているようなのです。その回路はきわめて複雑で立体的な網の目構造をしており、全体としていわゆる非線形のバイオコンピュータとなっているのです。したがって、部分を詳細に研究しその結果を集積すれば全体像が解明されるというわけにはいきません。
 ただ、だからといって研究を諦めてしまうわけにもいきませんので、脳科学者たちは新たなコンピュータ技術を用いて脳神経細胞の疑似的なモデルをつくり、それに電気信号を与えるとランダムに疑似神経細胞どうしが結合するようなシステムを開発しました。そしてそこの中で神経シナプスとシナプスがどういう刺激を与えればどう反応しどう結合するかを調べようと考えたのです。要するに、本来の人間的情報をうまく処理できない現在のコンピュータをより人間的なものにするために、医学と工学の両面から生物学的コンピュータ、とくに擬似脳型のコンピュータの研究を進めようとしたわけです。そしてそれがニューラルネットワーク・コンピュータと呼ばれるものなのです。
 多くの研究者が様々な角度からニューラルネットワークの研究を行なってきましたが、なかでも世界最先端の研究を続けてきたのが松本元さんの率いる研究グループでした。松本さんは、はじめ研究対象を大脳や小脳にではなく海馬のほうに絞り込みました。対象を海馬に絞った理由は、その器官の神経細胞がきわめて活性度が高く研究しやすかったからなのだそうです。ただ、海馬といってもその神経細胞数は膨大ですから、松本さんたちは海馬のある断面だけに含まれる神経細胞分布モデルをニューラルネットワーク・コンピュータ上につくり、その機能をシミュレートするということを考えました。その結果、いろいろなことが明らかになってきたのです。
 脳梗塞の患者の場合には海馬の細胞が死んでしまうことが多いのだそうですが、そういう患者さんを調べてみると、海馬に損傷が生じる前の記憶ははっきりしているというのです。ところが最近の記憶のほうははっきりしないのだそうです。たとえば海馬を損傷した患者になにか絵などを見せ、そのあとそれを隠して絵についての質問をすると全然記憶に残っていないらしいのです。そのようなことから、海馬というのは短期記憶、すなわち、現在進行形でのデータを処理する部分だということがわかるわけです。 
 また、どうして海馬損傷者が過去の記憶を失わないでいるかというと、それらの記憶はいつでも引き出せる状態ですでに大脳に保存されているからだというのです。ところが現在の出来事を記憶処理する海馬の部分が働かないと、直前に起こったことが分からなくなってしまいます。海馬がひどく損なわれてしまうと、そこが情報のゲートでもあるのですから大脳に新しい情報が伝達されなくなるわけです。
 海馬の機能が正常な場合には、与えられた刺激の一部だけが大脳に伝えられるのです。ありとあらゆる情報が大脳に伝達されたのではたまったものではありません。つまらないことまで全部覚えていたらそれはそれで大変なことですから、海馬で情報を取捨選択し、刺激の強いものだけを長期記憶をつかさどる大脳に送り込むようになっているわけです。
 お酒を飲む人の場合によく起こることのようなのですが、ひどく酒に酔うと一時的に海馬の機能が麻痺してしまいます。ひどく酔っぱらって、ご本人はそのときのことを全く憶えていないのに、不思議なことに帰ってくる道順だけはちゃんと覚えているわけです。それはどうしてかというと、駅から帰ってくる道順のほうは大脳の長期記憶の中にしっかりしまい込まれているから大丈夫なのですが、短期記憶を処理する海馬の一部が麻痺してしまっていたため、どこをどう通ってきたのか全然記憶にないということが起こります。海馬というのはそんな不思議な器官なのです。

 ちょっと脇道にそれますが、話のついでですから、真の研究者の努力というものがどんなに凄いかということについてすこしばかり述べてみようと思います。松本元さんは脳のメカニズムの解明を進めるあたって、まず生きた神経細胞の研究をしなければならないと考え、生物の神経細胞の中で一番大きな神経細胞をもつイカに目をつけました。そして研究所でイカを飼うことになりました。むろん研究素材に簡単に死んでもらっては困りますから、どんな環境だったらイカが長生きするかをまず研究し始めたそうなのです。ところが困ったことにイカがすぐ死んでしまったというのです。塩分濃度を調整したり水流を工夫したりしてみてもなかなかうまくいきませんでした。意地の悪い同僚研究者たちは、今日もイカが何匹か死んだのだろうとニヤニヤしながら、わさび醤油を用意して研究室を覗きにくる有様だったそうなのです。水槽の壁にぶつかるからだろうとか、個体が多すぎるからだとか考え、いろいろ試してみたもののやはり駄目だったそうです。原因を突き詰めていくうちに、活性反応を通してイカが放出するアンモニアが原因らしいとわかってはきました。そこでアンモニアを除去しようと、いろいろなアンモニア除去装置を使ってみたのですが、やぱりうまくいかなかったのでした。この時点までで3年半が過ぎてしまったのだそうです。
 電総研の当時の上司からは、「君、いい加減にやめたらどうなんだい。国の予算でやってるんだから!」と言われたりし、松本さん自身も研究の推進を断念しようかと思ったそうです。ところが、研究に疲れて果て気分転換に大磯の海岸に出かけた時、たまたま潮だまりの生物を見ているうちに、「イカと同じ軟体動物でアンモニアを発生するはずなのに、なんでこいつらは死なないんだ?」という疑問が湧いてきたというのです。もしかしたらアンモニアを分解する天然のバクテリアが生息しているのではないかと閃いて、すぐにそこの砂をもって帰り分析してみたところ、予想通りアンモニアを分解するバクテリアが見つかったのでした。これだ!――というわけでそのバクテリアをイカ飼育用の水槽中で培養し、遂に成功を収めるに至ったそうなのですが、ここに至るまでになんと5年もの歳月を要したのでした。
 こうして生きたイカの神経細胞が研究できるようになったあと、得られたデータをもとに神経細胞の結合モデルをコンピュータ上でどう実現するかの検討に入り、ほかの生物の神経細胞をもあわせて研究し、最後に人間の海馬の神経細胞のモデルをつくったわけです。このモデルを用いた実験の様子を収録したビデオを実際に見せてもらったことがあるのですが、一部に刺激を与えると、まるで一点から明かりが広がるみたいに周辺の神経細胞に活性反応が伝播し広がっていくのです。
 このような基礎研究を通して判明したのは、意外にも、日常的によく言われていることがけっして間違ってはいないという事実でした。常に情報を入力し海馬の神経細胞を活性化しておくと、海馬は通常の何倍も反応速度を増し、反応領域も広がっていくのですが、定期的な情報入力をやめると、1日か2日ですぐ元の状態に戻ってしまうのです。ルーティンワークが必要なことが、科学的に裏付けられたというわけなのです。また、一夜づけの試験勉強で憶えた知識が試験が終わるとすぐに消え去ってしまうのは、知識情報が海馬での処理段階に留まり、長期記憶をつかさどる大脳の組織には到達していないからだということなどもその一連の研究から明らかになってきたのです。短期記憶として処理されたデータのうち刺激の強いものは、睡眠中などに大脳に送られ長期記憶として蓄積されるのですが、その場合大脳皮質が電気的に刺激されるために夢をみるのではないかとも考えられてきているようです。
 松本さんをはじめとする研究者たちによる工学サイドからの脳の基礎研究を通してわかったことの中でもっとも重要なことは、「人間の脳というものは、自分の存在を意義深いものだと自ら思う、あるいは他者からそう思わされる時に最大限に活性化する遺伝構造をそなえたコンピュータである」ということでした。なんとも厄介なコンピュータであるわけなのですが、換言すれば、「脳は意欲で働くバイオコンピュータである」ということでもあるのです。優れたプログラムがあればよく動く物理的コンピュータと違って、脳というバイオコンピュータはそういう変わった特性をもつ、きわめて自己中心的なコンピュータだということなのでしょう。
 このような脳のメカニズムがわかってきますと、これまで世間で取り沙汰されてきたのとは違う意味での偏差値教育の欠陥が浮かび上がってきます。現在の学校教育制度のなかでは、生徒達は宿命的ともいうべき受験戦争を勝ち抜かなくてはなりません。そのため、小学校から高校まで、試験のたびごとに、易しい問いから手をつけて、なるべく高得点をとるようにこころがけてきています。いっぽう、教育者のほうも、ついつい「易しい問題からやりなさい。難しい問題から時間かけて解くのはもっとも下手なやりかただから」などと教え込むことになるわけです。そんなことを小学生6年間、中学生3年間、高校生3年間の計12年間もやっていたら、いったいどういうことになるのでしょうか。
 人間の脳のバイオコンピュータ回路には、非常に難解でチャレンジングな問題に対応する機能も生まれつきそなわっているわけです。ところがそこの部分を使わないと、肝心の回路が退化していってしまいます。チャレンジングな問題に挑むための回路をせっかく持って生まれても、気がついたときにはその思考回路は機能と活性を失ってしまうのです。
たいへん恐ろしいことなのですが、非チャレンジングな教育というものは、チャレンジングな生き方をする能力をも完全に退行させてしまうというのです。ただ、だからといって、パズルじみた難問をスパルタ的なやりかたで教え込めばよいというわけでもありません。   
 また脳という自己中心的なバイオコンピュータのもつ厄介な特性である「マイナスの連合性」にも十分な注意を払う必要があるでしょう。マイナスの連合性とは、具体的には「先生が嫌い→数学が嫌い→学問が嫌い」となっていくような思考推移形態のことを意味しています。教育現場などで日常的に見られるこの困った現象は、どうやらバイオコンピュータ、脳の生来そなえもつ機能に因するものであるらしいのです。マイナスの連合性には、「君の数学の偏差値は50程度にすぎないよ」などと評価され続けていると、「それじゃ自分は偏差値50程度の人間として振る舞うしかないのだ」と消極的な方向へ自己の能力を抑制する性質なども含まれているのです。
 
 専門課程に進む頃になると、数学科の学生たちの中に「数学科以外の学科だったらどこでもいいから転科したい」と言いだす者が現れるのはどこの大学でもよくあることのようです。専門の数学の世界においては、いわゆる受験の数学などに対応する能力とはまるで違った能力が要求されることになります。大学受験名門高校出身の学生は入試ではたいへんな高得点を取って入学してくるのですが、一部例外はあるにしましても、全体的にみますと専門的な研究の世界へと進んでいく者は少ないような気がしてなりません。むしろ、専門家になるのは地方のあまり目立たない高校の出身で、ギリギリの成績で大学に合格してきたような学生が多いのです。彼らはチャレンジングな世界に挑むための自分なりの方法論を身につけているからなのかもしれません。
 近年、有名大学の数学科や物理学科などに入ってくる学生というのは、入学試験では高得点を取るのですが、真の意味でのチャレンジングな問題に対する思考回路をすっかり退行させてしまっている者も少なくありません。大学の数学や物理学の専門研究の場においては、解決するのにどれだけ時間を要するかわからない問題、正解が存在するかどうかさえわからない問題、意味不明な多重解がある問題、さらには、誰にも相談しようのない難問などに立ち向かわねばなりません。チャレンジングな回路が退行してしまった学生は、そういう問題に対応する能力も気力もありませんから、他の学科に移りたいと言いだすわけです。
 私には折々東京芸術大学の大学院生相手に講義をする機会がありました。それ以前に関わっていた大学でのように専門的な数学を教えているわけではなく、なにかしらのかたちで芸術的発想に役立つような数理科学の思考法とか、コンピュータグラフィックスの原理や技術とか、数理哲学的ものの見方などを織り交ぜた、一風変わった講義をやっていたのです。
 ところがその芸大の院生たちと付き合っているうちに面白いことがわかってきました。数学は大嫌い、物理などはみただけで頭が痛くなるというのが芸大生の相場のように思われていますし、彼らの多くもそんな意識を持っているのですが、時間をかけて実際に学生たちに接してみますと、ほんとうは有名大学の理学部の学生などより数学的素質があるのではないかと思われる者がずいぶんといるのです。日本の特殊な受験教育の中で表向きは数学嫌いにさせられてしまったのでしょうけれども、本質的な思考能力という点ではこのような学生たちのほうが勝っているのではないかとさえ思われるのです。(続く)  
                                   (ほんだ・しげちか)


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